在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
神奈川県の公立が壊滅状態なのは
東京都は多少盛り返しているのに対し、神奈川県はいまだ革命ならず。
湘南高校は?厚木高校は?
これ、塾時代の話みたい。
公立中の先生、私立(中?)の先生、塾(中学受験塾?)の先生、教育関係の調査という様々な仕事をしていて、公立中の話をしているのに、いきなり中受塾時代の話が出てくるから混乱する。
中受塾-私立中と、公立中-私立高の関係は全然違う。生徒や親にとって、中受塾は替えのきく単なる営利企業、公立中は本来平等な公務である上に内申(人質)をもった権力者ですよ。
生徒の斡旋を依頼されたと普通に語る感覚が驚きです。そういう時代だったのでしょうが。
>生徒の斡旋を依頼されたと普通に語る感覚が驚きです。そういう時代だったのでしょうが
そうですね、自分に権限があると思っていた方もいらっしゃるでしょう(でもそうでない人もいますから、職業で括る意図はありません)
学校を退職して私が勤めていた職場に入ってきた方がいましたが、「先生」と呼ばれないと機嫌が悪くなるような方でした。以前の職場のことなどをよく話していましたが、そんなに話してもいいのかなと思うレベル(当時は個人情報等、今ほど厳しく言われていませんでしたけど)のこともありました。自分の知っていることをいろいろ話すことで、周囲にすごいって思われたかったのでしょうね。
でもその人自身の肩書を信用して口を開いた人もいるでしょうに、実は拡声器(しかも話を盛る)だったことを見抜けなかったのはお気の毒です。20年少し前の話です。
またその方は情報収集もぬかりなくでした。私はその方(私の父位の年齢でしたが)を見て、口が軽いのは罪、本当に信用できる人にしか大事なことは話さないほうがいいということを学びました。まさに反面教師ですね。完全ヨコでした。
回答がないようなので。
我が子の学校でも、退職された先生が私学に転職されました。体調が悪くて退職したような感じだったのに、春には私学のHPに堂々と笑顔でピースサインして写っていました。
しかもその先生のお子さんは、我が子と同じ中学受験塾に通ってらしたので、まあそういうものなのです。
県立高校の復活。
湘南が東大合格数でピークだった70年代後半に戻れば復活ということでしょうか。
栄光と競いつつも湘南が余裕の県内トップで、翠嵐や平塚江南が二番手だった頃です。
語り尽くされている感がありますが...
あの頃は横国鎌倉中から毎年50〜60名程度の優秀層が湘南高校へ進学しており、その優秀層が東大合格数を牽引していました。
さらに鎌倉中は中学受験で難関校と肩を並べる存在。地元公立中の優秀層は湘南を外して翠嵐や平塚などに流れることで二番手校も安定した進学実績だったかと思います。
つまるところ70年代の状態に戻せば県立高校復活と言えます。
例えば横国横浜中が翠嵐へ、鎌倉中が湘南へ大量の優秀層を養成して入学させるルートが出来れば実現するかもしれません。
かつてのように地元公立中の優秀層は翠嵐や湘南を外して柏陽や光陵、平塚などに流れれば、全体的な底上げが自然と起こります。
横国横浜中や鎌倉中は小学校からの持ち上がり組含め、中受でも人気が出るようエリート養成に特化した学校へ変革が必須です。
さらに公立中では実現が難しい吹きこぼれ対策を行えば人気も爆上げ。二光と競い合うレベルになることも。
結果としてそれぞれ50-80名程度の鍛え抜かれた優秀層が翠嵐や湘南に流れれば70年代のように県立高校全体が甦ることでしょう。
ただ、横浜中は光陵と連携してます。絶対評価と言ってる内申書も実態は相対化してます。そもそも大量の優秀層が流れ込んだ県立高校に、その子たちをさらに伸ばす教育ができるかどうか。
優秀層の養成すrための横国二校の改革、その優秀層を翠嵐や湘南に大量入学させるルートづくり、そして県立高校で優秀層を伸ばす教育。
これらを同時進行的に実現しないと難しいです。
時代背景も違います。誰も賛同しないでしょうね。
約40年前、横国鎌倉中から毎年大量の優秀層が湘南に入ることを好ましくないとしたのは県民。
地元の中学から大量に湘南へ入れるように要望したのも県民。
今の状態は皆が望んだ結果と言える側面は否定できないと思います。
構造的に不可能なものを悩んでも仕方ありません。今の状態はそういう変遷の中で出来上がったひとつの理想形なのかな。
70年代には戻らないでしょう。
横浜国大附属鎌倉→湘南の黄金のルートが、内申書事件によって封じられ、その進路を考えていた子たちは、栄光、聖光、浅野へと流れました。
栄光はその前から名門だったので、元から相当数の東大合格者がいましたが、聖光、浅野は中堅校でしたから、その流れを受けて大躍進したことになります。
横浜国大附属鎌倉→湘南のルートを取り戻すためには、聖光や浅野から東大に合格している層に戻ってきてもらうしかないのです。
しかし、中高一貫に魅力を見出してしまった私立志望者が高校受験が必要な横浜国大附属鎌倉→湘南ルートに戻ることはないでしょう。
その流れは永遠に失われたと言ってよいと思います。
昔も今も、神奈川の学校から東大に行ける子は、200人ちょっと。
このところ増えてきているのは、神奈川の人口増と、東京まで行っていた子たちが、神奈川にも東大に合格できる学校があることを認識したからと言えるでしょう。
どこかが増えるためには、どこかで減るしかないのですが、首都圏はどこも私立が頑張っているので、減りようがありません。
少し前まではかなり減らしていた、地方の公立校も、さすがに県内のトップの子たちが残っているので、そこまで減らすことはできません。
ですから、その数は頭打ちです。
東大合格レベルの子の数は人口と相関があるので、むやみには増えませんから。
70年代へさんのおっしゃるとおり、横浜国大附属鎌倉→湘南の流れを断ち切ったのは神奈川県民です。例の新聞記者に煽られたという見方もできますが、選択したのは神奈川県民と言ってよいでしょう。
でも、よく考えれば、神奈川県から200~300人の東大合格者がコンスタントに出続けるなら、それがどこの学校からであってもいいのではないでしょうか?
県立にノスタルジーを感じる人はいるかもしれませんが、どの子も神奈川の子です。
別に、県立から東大に行かなければいけないというルールもありません。




































