入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
関西女子 中学ヒエラルキー
難易度、将来性、評判から。
御三家とかにこだわってる時代でもないと思いますし現実的なグルーピングをしたいと思います。格調と伝統も別に加味する必要ないかと思います。
最難関のRNは異論ナシとして2番手が難しい。
RN 洛南 西大和
5S 神戸女学院 四天王寺 須磨 神大附属 清風南海
あと入れるとしたら高槻と洛北くらい?
進学データ名鑑は予備校や合格体験記からの独自判明分であるとして、神戸女学院の東大京大の年度別合格者数は下記程度てことですか。(連続した数字が載っていた80-90年代累計÷20年で)
東大: 60人÷20年= 3.0人/年
京大:241人÷20年=12.0人/年
大教大附属中学3校(池田・天王寺・平野)で、北野・天王寺高校並みの生徒数でした。
当時の大教大附属中学入試は、私立中学入試よりも先に専願2日間入試で実施され、合格発表後に抽選落ちもあり、女子にとって今の灘中に匹敵する存在であり最優秀生が集まる学校でした。
当時の神戸女学院は、大学まで10年一貫教育を選ぶお子様が多かったように思います。
このころは、附属池田女子(60名前後)だけで東・京・阪大医医に5~6名前後の合格を出していましたね。
その後、優秀生が大教大附属校に集中する批判が高まり、入試制度が変更され人気が離散しました。関東の学芸大附属の凋落と同じ経緯をたどりました。
大教大附属中の人気離散に伴い、最優秀層のお子様は神女・四天に流れ現在に至っております。
洛南は通学時間がかかりすぎる影響で、神女・四天を選択できなかった京都・奈良・滋賀のお子様が多いと思います。上下層とも四天・神女・洛南は同レベルだと思っております。
西医体の参加者名簿は、京大、阪大はじめ西日本の医学科別に、男女別、部活別に医学科6回生から1回生まで、出身高校の名前が、全員に出ているよね。(西医体は富山大と浜松医科大より西、琉球大までの医学科。東大など信州大、横市から東は「東医体」だけど)
子供が西日本の医学科で部活にいると子供が医学科1年生の時の6年生から6年生になった時の後輩1年生まで、6年間で11年分の名簿を見せてもらえる。
コロナでここ2年は西医体は中止になったので11年分は見れなかったけど11年前と2年前を比較すると関西女子の高校名と医学科名のシフトは面白い。
洛南が有力国公立で増加、西大和は高入りだけなのに国公立で増加、四天と名古屋の南山が国公立、私立ともにコンスタントに目立つ。神女は関医、大医、兵医で増加。
「マネージャー」はほぼ医学科以外の学生 (看護科など)とみて良いですか?
選手は医学科しか出れないですね。
なので有名中高一貫校生が殆ど。
しかしマネージャーは、一部医学科生もいてるとは思うけど、高校名見たら中堅私立や公立校が多いのでそう感じます。






























