充実した教育環境の日大付属高校
SEAor河合塾エンリッチコースor?
今塾が沢山増えていて、どこに的を絞ったらいいか分かりません。
メディカルラボもありますよね。
実際、名大医学部目指すならどこがいいのでしょうか?
またSEAの算数の入塾テストはどんな内容が出るかご存知のかた教えていただけると幸いです。
不思議なんですが、なんで医者って自分の子を医者にしたがるんでしょうね?
開業医なら、なんとなく分かりますが、勤務医まで子どもができが良いと、すぐに医学部、医学部と鼻息荒くする理由が分かりません。
かく言う私も医者の子でしたが、子どもの頃から呪縛のように将来は医者、医者と言われ続けていました。
ただ南女や東海の医者の親御さんほどしつこくなかったので、高校生になると、他の職業に興味を持つようになり、そちらの分野に進み、そこそこ名を知られる存在となりました。
父が医者だったお陰で、経済的なゆとりがあり、夢を実現できましたので、その点では感謝しています。
私は男の子であれ、女の子であれ、第一人者になれそうな分野に進むことを推奨しています。
スポットライトを浴びる快感を味わってほしいと思います。
医者は優秀な人が多いので、なかなか第一人者にはなれません。
あの佐藤ママの理Ⅲのお子さんたちさえも、普通の勤務医で、学歴と佐藤ママのお子さんというだけ注目されているに過ぎません。
父は相変わらず、娘を医学部へと五月蠅いですが^^
「医師ほど楽な道はない」——これが医師である私の実感です。
確かに、医師の中には自殺する人もいます。私の学生時代の後輩にも、そして医師になった同級生にも、その道を選んだ人がいました。ですが、そうしたケースの多くは「道の選び方」や「立ち回り方」によって十分に回避できる」こともまた事実です。それを踏まえてもなお、私は医師という道が最善であると考えます。
一方で、「第一人者になれる分野を選ぶべき」などと軽々しく語る人もいます。
しかし、その現実を本当に理解しているのでしょうか?
順を追って、その誤りを証明していきます。
「他分野で輝く」? その現実を知っていますか?
投稿者さんは「第一人者になれる分野に進むことを推奨」と言いますが、そんなに簡単な話ではありません。
例えば、音楽や芸術の世界。才能があって、人の100倍努力すれば、必ず成功して有名になれるでしょうか?
残念ながら、答えは「NO」です。
歴史上の偉大な画家であるゴッホは、生前に一枚の絵もまともに売れず、貧困と精神疾患に苦しみ、自ら命を絶ちました。才能があったとしても、時代や市場、運に恵まれなければ成功しない世界なのです。
音楽の世界でも同じです。
例えば、モーツァルト。天才として生まれながら、晩年は生活に困窮し、共同墓地に埋葬されました。才能だけでは成功は保証されないどころか、むしろ成功する確率の方が圧倒的に低いのが現実です。
商売や企業就職に至ってはさらに厳しい。
どれだけ天才的なスキルを持っていても、ビジネスの世界では「成功するかどうか」は市場やタイミング次第。
新卒の就職活動でも、企業の求めるスキルセットと合わなければ、いくら優秀でも採用されない。就活に「これをやれば必ず成功」という絶対的なルールなど存在しません。
ところが医師はどうでしょう?
「どんなに普段ダメでも、試験のその一瞬、ボーダーを1点でも超えれば合格。」
それだけで、医師という資格を手にし、社会的に安定した職業に就ける。
足りなければ「努力が足りなかっただけ」、これほど明確でシンプルな世界が他にありますか?
いいえ、ありません。
「資格なら他にもある?」
確かに弁護士や会計士などのサムライ業もあります。
しかし、収入や安定性を考えれば、圧倒的に医師が有利。
例えば、法曹界。
司法試験に受かっても、初年度から借金1000万円を抱える弁護士も珍しくない。
そもそも弁護士業界は飽和状態に近づいており、資格を取ったからといって安泰ではない。
確かに2025年、まさに”今“の臨場感だけ言えば、私の知人で50歳で司法試験に合格した苦労人がいますが、今は超売り手市場だそうで、即地元で就職が決まったものの、これが10年前ならどうだったでしょう?全く逆の市場だったのです。
一方で、医師はここまで現在売り手市場ではないにせよ、歴史で見てもずっと就職に困る様な市場相場はなかったのです。食いっぱぐれることがないというのは現実です。
これは、他の資格や職業と比較しても圧倒的なアドバンテージです。
「スポットライトを浴びる快感」? それは甘すぎる。
正直、「スポットライトを浴びる快感を味わってほしい」という一文には、現実を知らない人間の軽さしか感じません。
では、実際にスポットライトを浴びる人間は何と言っているでしょう?
例えば、木村拓哉主演のドラマから映画化された『グランメゾン・パリ』。
これに料理監修として携わった「Restaurant KEI」の小林圭シェフ。
彼は、アジア人として初めてパリで4年連続三つ星を獲得するという、まさにスポットライトの中心にいる存在です。
しかし、彼のインタビューを読んでみると、そこには華やかさとは正反対の言葉が並びます。
「シェフは孤独な職業。心の90%は苦しみでできている。三つ星を獲得した瞬間、周囲の誰もが自分の失敗を望むようになった。三ツ星には苦しみしか無い。」
世界的な名声を手にしてなお、彼の人生に満ちているのは「苦しみ」。
特に、「世界の羨望の対象となる三つ星というプライズ(賞賛)」が、当の本人にとっては苦しみ100%であるという、このパラドックスこそがリアル」なのです。
同じように、YouTuberのヒカキンもこう語っています。
「トップにいるというのは、常に追われる苦しみがあり、寝られない日々が続く。」
華やかに見える世界のトップランナーたちは、決して「スポットライトを浴びる快感」だけを享受しているわけではない。
むしろ、その光の強さに比例して、深い影とプレッシャーを抱えている。
それが現実です。
「そこそこ名を知られる存在となりました。」
それが本当かどうかはさておき、実際に第一線で活躍する人間の言葉と比べると、その軽薄さは際立ちます。
本当に「スポットライトを浴びる人間」は、そんな薄っぺらいことを言わない。
光が強ければ影も深いことを、痛いほど知っているからです。
結論
✔ 医師という職業は、他分野に比べて成功への道が明確で、安定性が圧倒的に高い
✔ 「第一人者になれ」と言うが、芸術・音楽・ビジネスの世界は才能・運・市場に大きく左右され、成功は極めて困難
✔ 実際にスポットライトを浴びる人々は、その代償として深い苦しみを背負っている
そして何より——
「そこそこ名を知られる存在」を名乗る人の言葉の軽さと、現実を知る者の言葉の重みは、比べるまでもない。
医師という職業を否定しているわけではありません。
医師一家に生まれたので、その素晴らしさは耳にタコができるほど聞いております。
ただ医師独特の世界観、医師がこの世で最高の職業だと信じて疑わない価値観に辟易しているだけです。
仕事柄、色々な分野の職業のエリート層と付き合いがありますが、本当に医師特有の世界観です(トヨタの会社員もトヨタにあらざれば人にあらず、トヨタあっての日本みたいな価値観を振り回すので苦手ですが)。
医師は確かに経済的には安定しているでしょう。
でも、どうでしょうか、他人がうらやむような収入があり、患者さんから感謝されても、来る日も来る日も爺さんや婆さんの胸に聴診器を当て、面倒を見切れなかったら、出身大学の附属病院への紹介状を書く、そんな日々にやりがいを見出せる人ばかりではありません。
百歩譲って、先端医療の研究に従事するのならば、それなりに面白そうですけどね。
国立大学医学部に入れる成績があるのなら、芸術やスポーツなどはともかく、十分その道の第一人者になる学歴を身に付けることができます。
地道に頑張れば、そのうち全国紙で取り上げられたり、東京の放送局から取材が入ったりするような人生が開けます。
愛知県の医師のなかで、中日新聞のような地方紙でさえ取材を受けるのはどれくらい?でしょうか。
大半の医師は偏差値65近くの学力がありながら、実際の仕事は偏差値50くらいでできることですよ。
実際、一昔前このへんの私立医大の偏差値なんて50を切ってて、金が入れば適当に勉強すれば入れたんですから。
佐藤ママのお子さん方も偏差値70の仕事なんてしていませんよ。
ミラン・クンデラさんへ
ご返信ありがとうございます。
まさか私のハンドルネームをそのまま借りてこられるとは思いませんでした(笑)。
「そんなの私も知っている」と言わんばかりの対抗意識丸出しのハンネ変更、そしてエデュらしからぬこの前のめりな即レス……ずいぶん余裕のない反応に見えますが、大丈夫でしょうか?
さて、本題に入りましょうか。
あなたは「医師がこの世で最高の職業だと信じて疑わない価値観に辟易している」とおっしゃいますが、私は「医師が最高の職業」とは一言も言っていません。私が述べたのは、「医師という道が他の職業と比べて圧倒的に安定し、成功の確実性が高い」という事実です。これは感情論ではなく、職業構造の比較として提示したものです。
あなたは「国立大学医学部に入れる成績があるなら、十分その道の第一人者になれる学歴を身につけることができる」と言いますが、そんなに簡単な話でしょうか?
例えば——
文学の道に進めば、全国紙で書評される作家になれる確率は?
法曹の道に進めば、メディアに取り上げられる弁護士になれる確率は?
経済界に進めば、成功した起業家として全国的に有名になれる確率は?
どれも「極めて低い」と言わざるを得ません。
「医師の仕事は、偏差値50でもできる」——なるほど、それなら逆にお伺いしたいのですが、「偏差値50でもできる仕事」でありながら「安定した高収入」「確実な就職先」「社会的信用」を兼ね備えた職業が、他にどれほど存在するのでしょう?
あなたの言う「取材を受けるほどの成功者」になる道が、どれほど狭き門かを考えれば、医師という資格が持つ強みがより明確になります。
「第一人者になれ」と言うのは簡単ですが、その道のトップになれる保証はどこにもない。
一方で、医師は「合格すればほぼ確実に仕事がある」。
確かに、毎日お年寄りの診察をし、聴診器を当てることを退屈だと感じる人もいるでしょう。ですが、それを言うならば、新聞に取り上げられた「第一人者」として成功した人が、華やかなスポットライトの裏で感じている「苦しみ」についても考慮すべきでは?
あなたが医師の世界観に「辟易する」ように、多くのトップランナーたちは「スポットライトを浴びる苦しみ」に苛まれています。
ここまで読んでいただいても、「それでも医師以外の道が良い」と思うなら、それはそれでいいでしょう。ただし、その道が「医師より楽で、確実で、安定したもの」なのかどうか——そこだけは冷静に考えた方が良いかもしれませんね。
ところで——
あなたは「色々な分野の職業のエリート層と付き合いがある」とおっしゃっていますが、その“エリート層”が、平日昼間のこの時間に、エデュの掲示板に即レスするほど暇であるものなのでしょうか?
私自身は「実家が病院で、片手間のはぐれ医師」という立場です。つまり、フルタイムで現場に立つ医師とは異なり、日常的に時間の融通が効く身分なのです。だからこそ、こうして悠々と「途方もなく非生産的なエデュケーションの場」で暇を楽しめる。これは、国に資格で保護された立場だからこそ許される贅沢です。
しかし、あなたの場合は?
もしあなたが「一線で名の通った人物」であり、本当に「エリート層と広く付き合いがある」のならば、どうしてそんなに暇なのですか?
私のように、最初から「のんびり医師ライフ」を送っているならまだしも、「各分野のエリートたち」と接点があるほど社会的に活躍している人間が、平日昼間にエデュの掲示板をチェックし、速攻で返信するほどの余裕があるものなのでしょうか?
エリート層と関わる立場の人間ならわかると思いますが、本当に一線で活躍する人ほど、休日すら貴重な時間として扱います。
・仕事以上に自己研鑽やスキルアップに充てる人
・完全休養にして体力やメンタルを整える人
・病院や美容、ジムなどで自己メンテナンスをする人
こうした使い方をするのが、私が実際に知るエリートたちの休日の過ごし方です。
つまり——本当に「一線で名の通った」人物なら、今この瞬間、ここで私に即レスしている時間すら惜しいはずです。
ところが、現実には?
このあたりの矛盾について、お考えになったことはありますか?
まあ、実際のところはお察しですが。
ポップで無思考なエンジョイというハンネから改名されたあなたへ
さて、こちらは相変わらず 「実家が病院の片手間はぐれ医師」という立場を満喫し、のんびり暇を楽しんでいる わけですが——。
どうやら 「私は暇じゃない、でも即レスもできないと悔しい」 という複雑な心理戦を繰り広げながら、返信タイミングを計っている方もいらっしゃるようですね(笑)。
まあ、「暇じゃないフリ」をしながら、こちらの書き込みに気を取られてしまっている時点で、既にこちらの掌の上というか。
そんなに 「即レスすると暇人と思われる」 ことを気にするなら、いっそこのままスルーしていただいても構いませんよ?
……と、軽く牽制したところで、本題に入りましょうか。
暇なので、ツッコミどころが目について仕方がないです。
わざと私に暇つぶしのジョブを与えてくれているのでしょうか?
>トヨタの会社員もトヨタにあらざれば人にあらず、トヨタあっての日本みたいな価値観を振り回すので苦手ですが
……これは、あなたが実際にトヨタの社員から直接聞いた話なのでしょうか?若しくは実際に接して感じられた感覚でしょうか?
正直、この言い回しには既視感があります。まあ詳細は追って。
私には元トヨタ本社勤務の妹と現在まだ社員の彼女の旦那さんが身内に居ります。もちろん本音で語り合える仲ですが、トヨタの内情を身近に知る立場にありながら、「トヨタ至上主義」的な空気を感じたことは一度もありません。何せ旦那さん、トヨタ車以外にホンダ、マツダ、スズキ、フィアットのクルマを所有しています。台数で言うならトヨタの車より他社の車を多く所有している。ここだけ見てもトヨタオリエンテッドなど全く感じられないですよね?
加えて 親友の旦那さんが、トヨタ勤務の30代で既に役職、将来が嘱望される若手ホープです。直接面識はないですが、親友曰く、旦那さんは家では、トヨタに未来は無い、セカンドキャリアを用意していると話していると聞いて驚きました。
つまり、トヨタの内情を知る立場から言わせてもらえば、あなたの言う「トヨタ至上主義」とやらは、現実とはかけ離れた妄想に過ぎないと言う事です。
若手だから?
ではさらに、補完致しましょう。私は トヨタの元取締役で、2014年当時、ホームページに名前が載っていたレベルの方と仕事上で接点がありました。現在はトヨタを退き、公共機関にいらっしゃいますが、かつて私にこう話してくれたのをはっきり覚えております。
「トヨタには頂点にあぐらをかく企業風土や空気はない。常に問題点を探り、課題解決力ではなく、課題発見力を求める文化がある。ただ顕在化した問題を見つけるのではなく、まだ表面化していない課題をも見つけ出す力で成長してきた会社だ。もし殿様商売やトップの奢りがあれば、いずれ中国やアジアのメーカーに取って代わられる」
この話を伺ったのは、まだテスラもBYDもEVも影も形もなかった時代のことです。それでも、「トップの驕りがあれば淘汰される」と語っていた。
「トヨタにあらざれば人にあらず」なんて価値観が本当に社内にあるなら、この発言と真っ向から矛盾しますよね?彼は骨の髄までトヨタな方で、そんな風土があれば真っ先に染まりそうな方です。
そもそも、あなたがこの「トヨタ至上主義」なるものをどこで聞いたのか知りませんが、おそらく 直接トヨタ社員から聞いた話ではなく、SNSや掲示板で適当に見かけたモブのポストを鵜呑みにしただけ でしょう。
「バ ほどツイッターやインスタで”正しい情報”を調べようとする」(ひろゆき) という言葉がありますが、まさにその典型ですね。
まあ、Xでよくいる、さも業界人の様にしたり顔で語るモブのポストに影響されたのでしょうが、せめて真実なのかの裏どり、もっと言えば、一度くらいは、実際のトヨタ社員とじっくり話してから発言した方がよろしいかと。
いくら緩いエデュでも、ここまで低レベル、低クオリティでは流石に看過出来ません。
返信が遅れ、失礼しました。
野暮用が入ってしまった上、夕食の時間に差し掛かってしまいました。
すみません。
色々ご批判をいただき、御礼申し上げます(本当です)。
何からお応えしたらよいか分からぬほど多岐にわたっておりますが、まずはトヨタから。
お察しの通り、私と付き合いがあるのはいずれも同世代の中間管理職です。
トップ層はまた当然認識が違うでしょう。
しかし面識は当然ありませんが、認証不正問題を追求された際の会長の傲慢な発言(「(自動車業界が)日本から出ていけば大変になる。 ただ今の日本は頑張ろうという気になれない」)を耳にすると、私の印象は間違っていないという気がします。
中間管理職はトップの映し鏡です。
次に私自身は大した者ではありません。
多少のスポットライトを浴びることはありますが、考えてみれば、たいしたことありません。
狭い業界関係者以外で名前を知られているわけではありません。
大げさな書きようでお恥ずかしい次第です。
スポットライト云々ですが、マスコミに取り上げられなくても、大手企業でそれなりの役職に就いて、大きな仕事を任されておれば、業界内でスポットライトを浴びることもあるでしょう。
マスコミ云々は指標とはなり得ません。
スポットライトというのはあくまでも主観的なものです。
ということで、医師になる=スポットライトを浴びる、ととられる方も大勢おみえかと思います。
大学受験の際には、各大学で医学部は最高の偏差値ですし、医学部生は他学部生とは別にクラブをつくったりしていますので、若いうちからある種の選良という意識を育むことでしょう。
また特に男性の若い医師が婚活する際には、蛾のように女性が寄ってきますから、医師になる=スポットライトを浴びると思い込んでも不思議ではありません。
医師という選ばれし者の職業に就いた多幸感に浸って、一生生きられるのなら、それはそれで幸せな人生ではないでしょうか。
身内の医師を見て、そう思います。
本題に戻りましょう。
お子様が医師を目指して勉強していて、特に苦痛を感じていないようであれば、問題ないと思います。
おそらく自我が芽生える年齢になっても、医師を目指したいと言うでしょう。
しかし苦痛のSOSを出しているのなら、無理させない方が良いと思います。
学生時代、バイトで開業医の息子の多浪生を教えていました。
若いのに目が死んでいましたね。
私は医学部を目指すことが親の期待に応えるだけという子に対して、
例えば本の虫で、将来仏文科に行って、ミラン・クンデラについて素晴らしい博士論文が書けそうな子には、算数がそこそこできるでしょうし、国医よりも旧帝大の文学部に行くように後押ししてやるべきだと思っているだけです。
同様に算数が大好きで大好きでたまらない、という子には国医ではなく、旧帝大の理学部に行くように後押ししてやるべきだと思っているだけです。
>本題に戻りましょう。
お子様が医師を目指して勉強していて、特に苦痛を感じていないようであれば、問題ないと思います。おそらく自我が芽生える年齢になっても、医師を目指したいと言うでしょう。
ここまでは特に異論はありません。
しかし、「苦痛のSOSを出しているのなら無理させない方が良い」というのは、極めて当たり前の話ですし、そこから先の主張はあまりに独善的ですね。
あなたの言う「本の虫」や「算数が大好きでたまらない子」が、医師を目指すことと何の関係があるのでしょう?
仮に「ミラン・クンデラについて素晴らしい博士論文が書けそうな子」だとして、だから医師を目指すのが間違いだ、という理屈が成り立つとお考えですか?
文学が好きで優れた論文を書ける素養があるなら、医学と結びつく可能性はいくらでもあります。例えば医学論文を書く上で、深い文学的素養が役立つこともあるでしょうし、医師になってから心理学や精神医学の分野に進む道もあります。
実際に、渡辺淳一氏 は札幌医科大学で医学博士号を取得し、整形外科医を務めながら作家としても活躍し、『光と影』で直木賞を受賞しました。朝比奈秋氏 も現役医師でありながら、『サンショウウオの四十九日』で芥川賞を受賞しています。
つまり、医学と文学は決して相容れないものではなく、むしろ両立可能であり、相互に影響を与え合う関係にあるのです。
同様に、「算数が大好きだから理学部へ行くべき」という発想も短絡的ですね。数学的思考力があるなら、むしろ医学部で統計やデータ解析を活かして研究医になる道もありますし、AIや医療工学の分野で活躍することも可能です。
つまり、あなたの主張は「その子の適性を見極めて最適な道を選ばせるべきだ」と言っているようでいて、実際には 「自分の狭い価値観に当てはめて勝手に進路を決めつけている」 に過ぎません。
本当に子どもの可能性を尊重するなら、「この子は本の虫だから文学部」「この子は算数が好きだから理学部」 と短絡的に決めつけるのではなく、「幅広い視点で選択肢を提示し、その子が納得して進める道を探る」 べきでは?
あなたの言う「無理させない方がいい」はもっともらしく聞こえますが、実際には「親の期待に応えるために医師を目指すのはダメ」と決めつけ、「自分が良いと思う進路ならOK」という ダブルスタンダード になっていますよ(笑)
ほんと。どおどお。落ち着いて(笑)





























