女子美の中高大連携授業
古文漢文要らない
大学入試の科目(東大など科目数が多いケース)
文系でも統計などで数学は使うので、最低限の数学は必要。
理系でも現代文が読めて書けなければ話にならないので、現国は必要。
グローバル社会の中で、英語はどの分野に行くにも当然必要。
文系の人でも、理科的思考はある程度経験した方がいい。
理系の人でも、世界の地理や歴史の基本的なことは、たしなみとして知らなければ恥ずかしい。
ところで、古文、漢文、大学入試にある意義はなんでしょうか?
東大なんか、理系の2次でも古文、漢文ありますが、その後の人生でほぼ何にも役に立ちません。
ここから改革してほしいです。
皆さんどう思われますか?
定義や概念について一生懸命考えている時に以下のような図式を考案し、お金カテゴリのスレッドに投下しました。どうでしょうか。
(大前提として、
演繹とは一般的法則を複雑な対象物に当てはめて解決すること
帰納とは複雑な対象物を順に集めて一般的法則を導き出すこと)
帰納は抽象化、経験論、マルクス的には下向法、理系、哲学・数学は目的、中枢から現場へ指令を送る、関東はこっち優位
演繹は具体化、合理論、マルクス的には上向法、文系、哲学・数学は手段、現場から中枢へフィードバックを送る、関西はこっち優位
あえて二元論で記されたゆえ、あるいは細部には異論もあろう。だが、とても面白いと感じられた。今朝の『テレビ朝日』「モーニングショー」で老年学を語った彼—名前忘れた—同様、まず具体的で分かりやすいことが一般向けには大切なのであろうと思う。これからも、いろいろ拝見したい。
一般入学試験において、とくに。しかも、文・理を問わず論述式で。
AO入試組に対するアドヴァンテージになるような気がする(AO方式入試に反対)。
そうした学生らが卒業後10年経てば、この国は質的に変わり始める。
素朴な疑問や考え方につき、「屁理屈」と安易に切り捨てぬ議論溢れる社会へ。
もっとも、現行では実現性乏しいか。
途中でセンター試験の科目選択について書き込んで以来放置していました。
スレのテーマは、受験科目としての古典漢文の必要性ですが、教養として古典漢文を学ぶ必要性について書きます。
東大理系教養課程の科目に古典漢文ありませんよね? すなわち理系教育の教養として東大の先生方は古典漢文を学ぶべきとは考えていないのでしょう。受験科目にあって教養課程で選択できないのは古典漢文だけだと思います。
では、何故そんな古典漢文を二次試験の科目に残しているのか? 下世話な話では受験産業で古典漢文を飯の種にしている個人や法人があることがあるかもしれません。
私は高校の授業から古典漢文を無くせとは書いていません。皆で学ぶのですから教養としては充分では無いでしょうか?
共通テスト科目に情報が加わります。文理問わず学ぶべき科目だと思います。しかし、何かを加えたら優先順を見極めて何かを捨てなければ受験生の負担は増すばかりです。
文系の大学卒業生がビジネス誌や受験掲示板的な意味で出世して偉くなり、尚且つ見識が高いのなら文系だけに古文・漢文を課しておけばいいだろうけれども、私個人としてはそうとは思えないので、保険として、理系の大学卒業生もそういう出世街道を通って偉くなることもありうるので、理系にもそういう科目を課しておいた方がいいという本能的な判断をしたいと思います。説得力はないですけれども。




































