在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
古文漢文要らない
大学入試の科目(東大など科目数が多いケース)
文系でも統計などで数学は使うので、最低限の数学は必要。
理系でも現代文が読めて書けなければ話にならないので、現国は必要。
グローバル社会の中で、英語はどの分野に行くにも当然必要。
文系の人でも、理科的思考はある程度経験した方がいい。
理系の人でも、世界の地理や歴史の基本的なことは、たしなみとして知らなければ恥ずかしい。
ところで、古文、漢文、大学入試にある意義はなんでしょうか?
東大なんか、理系の2次でも古文、漢文ありますが、その後の人生でほぼ何にも役に立ちません。
ここから改革してほしいです。
皆さんどう思われますか?
「古事記」や「日本書紀」も漢文で書かれています。江戸時代まで学問書は全て漢文で書かれていた。杉田玄白の「解体新書」も漢文で書かれていた。
魯迅が仙台の医学校に留学して、漢文に翻訳されている西洋の医学書を見て、日本の医学は進んでいるように見えて、実は中国人が翻訳した中国語の訳本を使って学んでいる、と書いていたのは有名な話だ。
実は日本人が訳した漢文だった。
漢文は日本語です。
日本書紀を研究する人もいるでしょうから、必要に応じて大学で学べば良いのでしょうね。
受験の漢文はレ点も一二三もふってあるから書きくだしの技能は求めていません。
どうしても教科に残したい人たちがいて、点を取りやすくして親しんで欲しいのでしょうね。
明治における文明開化での西洋法学の教育が、漢学の素養を基礎に始められたことを評価する研究者(内田貴東大名誉教授)もある。すなわち、先達らが西洋の法概念の日本語化にあたり、それを漢学の世界観で受容し、そのうえで豊富な漢学の語彙の中から翻訳語を創出できたからである。その意味で、仰せの如く、漢学は当時の知識人の教養の基礎になっていたといえる。もっとも本来「権理」とすべきところを「権利」とした大失敗もある。これは、その後の日本人の法的権利観に誤解を及ぼす羽目になった。
日本人が西洋の文献を日本語訳するとき、日本になかった概念や学術用語は造語しましたね。それが中国にも多数渡ることになった。
聞いたところでは、中華人民共和国の人民や共和国は日本生まれの言葉だそうです。
これは中国語の文法に従って漢字を並べたものではなく、漢文とは関係無いと考えます。
南北朝鮮や中国で使用される「民主主義」も、日本の先達による訳語である。したがって、そうした事実を踏まえ、「先達らが西洋の法概念の日本語化にあたり、それを漢学の世界観で受容し、そのうえで豊富な漢学の語彙の中から翻訳語を創出できた」と指摘した。




































