女子美の中高大連携授業
数学はセンスと勘だという数学教師の母
私は、中学受験の時、母に算数を教えてもらっていたのですが、その時に、「あんたは算数とか数学の才能はない。センスと勘がないから、将来理数系は無理だね。」
と言われ、ショックを受け理数系に苦手意識ができ、その後文系の大学に進んだのですが、最近、和田勉という人の本に、「理数系はセンスや勘ではなく、才能無くてもきちんと解法を理解して、暗記すれば、ほとんど解ける。」と書いてました。
母は、数学教師ですが、母とその和田勉さんはどちらが正しいと思いますか?
あと、昔、母に算数を教えてもらってる時、理解が遅かったり、答えが閃かないと怒られて、怖くなってよけいに問題を解く気が失せた記憶があるのですが、この教え方って間違ってますよね?
私もセンスなしで、数学科行って苦労しました。
大学受験の数学は、パターン覚えこむまでやりこめば、なんとかなりますが、大学の数学は、センスがないとイメージが広がらないと思います。
数学に、美しさを求めるの感性がないと、大学の数学は無理ですね。
さて、中学受験の算数も、センスのある子は、普通の子の半分以下もしくは1/10くらいの努力で、クリアしていきます。
数学センスも地頭のよさの一部かなぁ。
東大数学でも、暗記である程度は解けると思いますが、暗記だけで完答できる人は、実際にはある程度のセンスと勘を兼ね備えている人だと思います。
また、おそらくスレ主さんが、和田秀樹式の暗記法で数学を勉強していたとしても、つまらなくて数学嫌いになっていたと思います。
お母様の方法でもダメ、和田式でも微妙、ということだったかもしれません。
私の場合は、数学塾で原理原則から学んだクチです。
演繹的な学習法ではなく、帰納的な学習と言ってもよいでしょう。
その塾では「公式を暗記していなくても、問題を見たら自分で公式を作ることができるぐらいの力を付けさせる」ことを公言していました。
実際に、そのレベルにまで進めるのは、確かにある程度のセンスは必要だったと思いますが、数学の楽しさを1から教えてもらったので、公式を暗記したのではなく筋道を覚えていた感じでした。
ですから、数学が暗記というのともちょっと違った捉え方をしておりました。
スレ主さんに必要だったのは、お母様の数学教育でもなく、和田式でもなく、そうした丁寧な帰納法を利用した数学教育だったかもしれません。
それから、東大受験に関しての話が多くなっているので、蛇足を。
基本的に、東大受験であっても、他の大学の受験であっても、大学受験はかなり簡単です。解ける問題、答えが出せる問題が出ているという時点で、大きなヒントがあるのと一緒です。
従って、東大の合格点を取るだけなら、あらゆる科目において、その科目に特化した「センス」のようなものは必要ないでしょう。
話が出ていた現代文にしても、解法の手がかりはあるので、センスがないと点数が上がらないということでもありません。
手も足も出ない状況ではないのです。
ただし、地頭はかなり必要です。
頑張っていろいろな勉強をすることで、学力が上がるのは事実としても、勉強がINPUTされる側の脳の機能は人それぞれです。
どんなに頑張って勉強漬けになって、勉強内容がシャワーのように注いだとしても、地頭がいい人間はその水をスポンジのようにINPUTできます。
しかし、そうではない人間は、タワシのように水を逃がしてしまいます。
タワシ型の受験生が10時間かかって身につけたことが、スポンジ型だと1時間でも十分。
それが地頭と言われるものの違いですが、そこにもまた「センス」は関係ありません。
高校の時は数学の偏差値100超えで、数学だけの力で大学は数学科に進学しました。
そんな私もセンスが無かったんです…。大学での目に見えない世界に入った瞬間に気付きましたよ。
なのに私も受験生の娘にセンス無いわね〜って言ってしまってます。反省反省させてくれてありがとう!
数学、物理が得意なのに文系の息子ですが、数学の授業を殆ど聞いていなかった
と言っていました。聞かなくても解ける。
理系が多い高校でしたが、経済に進みたくて文系にしました。
我が息子も、旧帝大の理系に合格した友人に数学教えてたみたいです。
息子を見ていると、センスは必要だと思いますよ。
受験算数数学は、確かに、センス、勘、というより暗記、というのは当たってますが、社会科などの暗記とはまた別物。和田さんの言う暗記というのは、ある程度の理解力(地頭)がある人にとっての暗記です。和田さんって灘ですよね?ある程度の地頭ないと灘入れないと思いますし・・・
もともと人間は自分が標準だって思う動物ですので、
灘の人は自分が標準と思っているし、開成の人も自分が標準と思っています。
自分よりできる人物を頭が良いと思うものです。
例えば、障碍者は大変だ、っていう発言は、本人もしくはその家族だからわかることで、他人からすれば大変そうだけど、どこが大変なのか理解できない部分あると思います。そういうのと同じで、自分の頭の出来と他人の頭の出来がどういう違いがあって理解しにくいのか、なんてわかるはずもなく、一概に誰でも同じように、暗記で短時間で、できる、っていうのは言えません。
算数(数学)力って、他の教科と比べると、頭の出来で努力の時間に一番差ので教科だと思います。持って生まれたものの違いが大きいのは、確かです。
数学で同じ点数を取るのに、勉強時間が短時間で済むか、そうではないか、という違いが大きい。 数学に時間をかけないと出来ない頭だ、ってわかったとしたら、自分の子だったら文系にさせるだろうし、他人の子だったら、責任ないので、頑張れ、っていうと思う。
和田秀樹の唱える勉強法 = 和田勉!!!
たしかに和田勉ですね。今日の収穫です。(二つの顔がリンクする)
数学センスって、道を歩いていたらつい素数を探してしまったり
法則を見つけないとイライラしてしまうような資質がもたらす物ですか?
数学の出来る方々からの御意見はとても参考になりますね。
私も親の教え方が厳しく、怖かったり、焦ったりして余計に頭の中が真っ白になってしまうタイプでした。
そして、とても嫌な記憶として残ってしまっています。
大人になってみて気付いたのですが、自分は感受性が強めな性格の様です。だから余計に傷付いたり、出来ない事を騒ぎ立てないで欲しい気持ちが強かったのかも知れません。
自分の子育てでは、それを反面教師として子供達と向き合いました。すると、どうでしょう。子供達は私より遥かにお勉強ができる様になりました。
スレ主さんの、今、苦手意識が強くなって、道が変わってしまい、少し恨む気持ちがある事はとてもよくわかります。でも、どうか、その思いのパワーを他に向けて、納得できる自分になれますように。
こちらの数学の出来る方々の御意見を私も参考にさせていただきます。
暗記数学が効果あるのは基本ができて、ある程度できる人の話。これには同感です。
数学はセンスだとつくづく思います。空間認知力や想像力、理論などを総動員して考える癖ができていないといけないんでしょう。
数学が楽しいと思えるような心境まで努力ができるようになるためには、パズルや積み木や緻密なものを見たり書いたり、自然現象を肌で感じたり、様々なことが経験できて、初めてできるのだと思います。勉強を始める前の準備ができている、つまり地頭がいいということなんでしょうね。
文系でもほんとに優秀な方は、数学もできる方が多いですし、逆に理系でも
文系科目は苦手と言いながらも、よくできる方が多く、やはり地頭のバロメーターかなと思います。




































