女子美の中高大連携授業
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
>慶応は相当努力しないとむり
>そして引退するまで東大出身とライバル心を燃やし続ける
これと東大経済学部は一橋や慶應に今でも気後れするとどう関係があるの?
東大経済学部は慶應にライバル心を抱かれると気後れするの?東大経済学部はそんな気弱な学部なん?笑
だからといって東大経済学部が一橋や慶應の商学系や経営学系に気後れすることは無いでしょうね。
もちろん東大経済学部には、分野的にそんな気後れ感を持つ教員もいるかもしれません。ただだからと言って「東大経済学部は今でも一橋や慶應に気後れする」との書き方にはなりません。
マルクス経済学の講座がかなり残ってきたのが一つ。また、ケインジアンの比率も高い。これはrational revolutionと呼ばれる1970年代にシカゴ学派がもたらしたマクロ経済学の革命の導入が遅れたからで、さらに政府でも経済企画庁や公正取引委員会という戦後のケインジアン的な占領政策によって作られた省庁が政府介入を是とし、民間の独占が不況の原因というマルクス、ケインズ的な思想を引きずった。
バブル崩壊後もネットやメディアで総需要管理や反独占思想が広く語られる。
ご指摘の通り、講座構成やMBAの有無が制度設計や学部文化の影響の「一例」であることまでは否定していません。
ただ、私が申し上げたのは、それをもって全体像を説明したことにはならない、という点。
例えば、同じ制度的背景を持ちながらも、大学や学部ごとに進化の仕方は異なりますし、教員人事、研究資金、大学院政策、国際連携など、現在の学部の性格を規定する要因は複合的です。講座数やMBAの有無だけで説明するのは、やはりやや単線的に見えます。
西千葉さんが触れていたのは、制度や講座構成にとどまらず、学部文化や自己認識といった、よりソフトな側面も含んだ議論だったように思います。そこをハードな制度の話に限定してしまうと、少し射程が狭くなる、という意図でした。
「衒学的」と感じられたのであれば、その点は表現の問題かもしれません。
ただ、議論の視点としては、制度の表れとしての講座構成と、それを生み出す文化や歴史の層を分けて考えること自体は、それほど特殊なものではないと思います。
いずれにしても、通りすがりさんのご指摘も含め、制度と文化の両面から見る必要があるという点では、必ずしも対立する見解ではないのかもしれませんね。




































