在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
「旧帝」という括りは無実化してないでしょうか?
難易度も違いがありますし、就職先もバラバラですし。
どういう成り立ちでこの言葉ができたのでしょうか?
いまだに「旧帝」と塾やメディアまた一部の方が使用する場合があるのはわかりやすいからでしょうか?
北大、九大に多数が進学する札幌南高校、修猷館高校でさえも、東大進学者数≫早慶進学者数。
そもそも、真の進学校では早慶はあくまで併願校であり、早慶専願などはごく稀です。残念ながら専願者は進学校では落ちこぼれですから。
まぁ、東大合格者ランキングでベスト20に入る学校であれば、医学部を除き北大九大も落ちこぼれが進学するところでしょうが。
東大と早慶の進学数の関係だけで、そんな地方特性丸出しの高校を持ち出す話ではないでしょう。
それは地方特性の議論。
札幌南とかは東大進学者の話以前にそれ以外の国立大学の進学者が圧倒的。私立も早慶の数以前にマーチ大量合格の高校。
真の進学校の話とはズレすぎ。
下位クラスでサッカーに専念して北大や九大等の旧帝大合格するというのは、首都圏では筑駒ぐらいでは?
首都圏高校の旧帝大クラスの難関国公立10大学の現役合格率見たけど、50%に近いといえるのは筑駒、開成くらい。日比谷でも30%程度。
作り話か、実際に入学したのは早慶マーチだけど、旧帝大も受けたら受かったはず、という妄想だと思う。
今はどうかわかりませんが、春の保護者会で毎年「学年順位〇〇〇番(下位)で〇〇大(地方旧帝)に合格している」「東大に〇〇番で合格」校長がこのように保護者に報告する私立があります。
首都圏私立、部活も盛んです。OB保護者の方はピンとくるのではないでしょうか?
いつも地方旧帝VS早慶の論争?で思うのですが、
中にいる学生たちは実際は大学名で張り合っていないと思います。
受験方法や問題形式が違うだけで、まぁ受験お互い頑張ったよねくらいじゃないでしょうか。
早慶で優秀な友だちがいればリスペクトするし、地方旧帝に優秀な友だちがいればやはりリスペクト、みたいな。
この辺のレベルになると個人の能力の問題ではないでしょうか。
出来る子はできるしいまいちな子はいまいち。
お互い大学名を聞いてそれぞれ自分と全く違う学力層(受験時)とは思わないと思います。
地方旧帝大の凋落が~難易度が~といっても、合格しているということはある程度の受験学力は担保されていると思います。
また私立(早慶)は三教科で~とか省エネ受験で~とか言われても戦略的に受験したとの事で能力とは別の問題だと思います。
なにより早慶上位学部の三教科を極めるのも楽ではありません。科目数が少ないから失敗も出来ませんしね。
それぞれ評価されている大学群ですよね。
何でこういう論争が多いんだろう、といつも不思議です。




































