在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
どうして地方の難関校生は地元旧帝などでなく東京の大学を目指す?
地方(とくに国立)VS東京の大学(とくに私大)議論がそこらじゅうのスレでみかけますが地方の難関高校生はどうして東京の大学に多く進学するのでしょうか?
灘、西大和、ラサール、久留米大学附設、海陽などをみて驚きました。
難関校生にとって地元旧帝や地域貢献大学が魅力的と考えらえてないのがこの国がかかえる問題の本質なのでは?
地方の優秀層、富裕層は東京に富が集中しているとわかっているので東京の大学を目指す。
結果地方から優秀層、富裕層が減少し、さらに東京の大学の卒業生の平均給与はあがるため東京へ富の集中が加速するというスパイラル。
本来地方旧帝がライバル視するのは東大なのではないのか?
地方の優秀層が東大に進学することこそ地方の人は怒りを覚えるべきなのでは?
国立か私立かというよりもはや対東京ということを考えないと地元国立大学の将来はさらに危ういと思うが。
それでも数多くの受験生を全国から集めている事実は変わりはない。むしろご指摘の「量的」観点からは、むしろ毎年わずかの受験生しか志願者のいない国立大学群のほうが事態が深刻なはずである。なぜならば、そうした大学群-多くは「地方貢献大学」に分類された55校-はいずれそれらを理由に整理・統廃合の検討対象にされることが容易に予想されるからである。
その結果、そう遠くない将来においてそれら卒業生諸氏は母校を実質的に失う羽目になりかねないのである。それが、地方の衰退と連動せざるを得ない「貢献すべき地方を失った、地方『貢献』大学」の宿命である。またそこに、国はそれを見越して55校を事実上のリストラ対象として選定したとの思惑さえ、露骨に透けて見えるのである。それが、高等教育の世界にまで異質な市場主義原理(弱肉強食による選別)を導入したアベ政権の狙いでもあろう。
誤 むしろご指摘の「量的」観点からは、むしろ毎年わずかの受験生しか志願者のいない国立大学群のほうが事態が深刻なはずである。
正 むしろご指摘の「量的」観点からは、毎年わずかしか志願者のいない一部国立大学群のほうが事態が深刻なはずである。
しばしば耳にする。
しかしながら、当の政経学部教授であり、現在は早大総長でもある田中愛治氏は、直近では先に引用した『中央公論(2月号)』でしか、その件で具体的な考えを明らかにしてはいないと思われる。繰り返すが、そこでは20日の「学部独自試験」こそが本件入試改革の目玉ととらえられている(「数Ⅰ」の件は、些末なこと)。ゆえに、私もそれに注目するのである。
むしろ早慶に憧れて、のほうが多いのではあるまいか。
単に数学回避のためならば、必ずしも上京する必要はないはずだ。
関西には同志社、名古屋に南山※もある。
※現在、都内有名私学の某先生は、前任地の南山大では優秀な女子学生がいたと話していた。
大手進学塾でいっしょだった人は、できたら国公立に行きたかったけど、田舎のかなり偏差値の低い大学しか無理だと言われたので、受けなかったそうですが、偏差値でなく、田舎だったからだそうです。
でも、結果として、偏差値の高い私立文系に受かったので、よかったそうです。




































