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これが旧帝大の現実

【6541559】
スレッド作成者: 静岡県民 (ID:ejo0bjhV9vQ)
2021年 11月 05日 02:00

今年の成人式での会話

理系ヲタク「ぼ、ぼ、ぼくは東北大学なんだよ」

周りの人たち「ふーん」(無関心)

ブランドスーツで固めた男「俺青学だぜ!!」(指定校推薦)

周りの人たち「すごい!!!○○君って、天才!!!中学から勉強出来たもんね」

理系ヲタク「……」(誰にも相手されずに帰宅する)

【6794759】 投稿者: どういたしまして   (ID:xl6bBrWurws)
投稿日時:2022年 05月 29日 16:49

問題は、それぞれの体制を担う我々人間側の資質の問題であるような気がする。古典派経済学者ならずとも、あのケインズでさえ、貪欲や利己心、不正こそが経済を発展させる「必要悪」であり、正義は資本主義の発達に向かないことをよく理解していた。資本主義の先達はいずれも、この「原罪」をよく自覚していたといえる(現在のネオ・リベ除く)。また、マルクスも『資本論』でこうしたあくなき利潤の追求が生みだす資本主義のさまざまなシステムにつき、驚くばかりに正確に解明している。

そのうえで、マルクスのいう「生産手段の私有→国有(公有)」さえ達成すればと、その後の管理・運営を漫然と官僚に委ねてしまったところに、あの旧ソ連での失敗があったのではないかと思われるのである。また、それらに対し、黒田寛一や梅本克己らが「反スタ」の立場でモノ申し、それに対し旧ソ連盲従派の協会派(向坂派。あの元外務官僚・佐藤優が所属していたところ)や共産党系学者らが反論している。だが、いずれにせよproletarian的人間に自己改造できねば、人民にとっては「白から赤へ」と単に支配者が代わっただけの喜劇になりかねないような気がする。

そうなれば、前述野良猫の「自由」なく、家猫の「安心」もない暗黒社会への逆行である。

【6794987】 投稿者: 岡目八目   (ID:i9fbIqRtZ.c)
投稿日時:2022年 05月 29日 20:29

>だが、いずれにせよproletarian的人間に自己改造できねば、

プロレタリアートですか。
私は、こういう生硬な用語にはあまり実感が湧かない。
むしろ、革マルの女と感性の革命を目指して自己批判しあった思い出が強烈に蘇る。
でも、結局、すれ違いになってしまった。
伊勢正三の「私には鏡に映った自分の姿が見つけられずに、私は目の前にあった幸せに縋りついてしまった」とか、
鮎川信夫の『係船ホテルの朝の歌』の「二つの大戦の間に生まれ、恋にも革命にも失敗した男のしかめ面を差し出してみる」という一節がわたしには相応しい。
でも、今の若い人達はちゃんと考えている。結局、恋人と一緒にどういう人生を送り、どういう家庭を作るかというビジョンの問題なのです。
社会主義革命は徐々に進行していると実感しています。

【6795054】 投稿者: 釈迦に説法だろうが   (ID:xl6bBrWurws)
投稿日時:2022年 05月 29日 21:26

社会科学においても、専門用語が重要。多くの議論が、その共通理解の上になされているからだ。したがって、ここで私はマルクス主義の基本語たる「proletarian」を用いる。そこには議論の前提たる関係概念がすべて包摂されているからである。換言すれば、それが理解できない方は、真の意味で議論を理解し、加わることも困難であろう。したがって、それらは個人の好悪を超えて使用せねばならぬ必要性あるといえまいか。たとえば、あなたのおっしゃる『革マル派』であるならば、「反スタ」や「ブクロ派」、さらには黒田のいう「プロレタリア的な人間」等は、彼等の世界での常識であり、説明不要であったはずである。

【6795102】 投稿者: 岡目八目   (ID:i9fbIqRtZ.c)
投稿日時:2022年 05月 29日 22:02

>そこには議論の前提たる関係概念がすべて包摂されているからである。換言すれば、それが理解できない方は、真の意味で議論を理解し、加わることも困難であろう。

世界という事象に対応する関係概念の論理的結合体そのものが世界であるというウィトゲンシュタイン的な世界観ですね。
でも、私はむしろ、時代精神の骨格を形作る新しいエピステーメーの波が砂浜を洗えば、砂地に描かれた古い時代の知の枠組み(エピステーメー)に書かれた文字はすべて消え去るというミッシェル・フーコーの思想に共感している。
二俣川さんが言及する関係概念による論理的結合体は既にarchives(古文書)として保存されている考古学的考察の資料としての意味しか持ち得ない言説のように思われる。
要するに今の若者の心と精神に届かない。

【6795150】 投稿者: 勉強する人   (ID:r39d/5vPUSc)
投稿日時:2022年 05月 29日 22:39

>結局、恋人と一緒にどういう人生を送り、どういう家庭を作るかというビジョンの問題なのです。

本当におっしゃる通りだと思います。とある文芸評論家が論じた、社会(変革)運動における「正義感」と「いい加減な気分」のバランスのことを思い出しました。恋人との人生というものは、ある種の原理主義的な立場からみれば、自己改造(自己批判)を迫りたくなるようないい加減で・不真面目なものに映るかもしれませんが、社会(変革)運動は、こうした生活実感に立脚していないとうまくいかないと思います。ああ、また書き込んでしまいました。スレの趣旨から外れてばかりで失礼しました。

【6795218】 投稿者: この部分のご指摘に一言   (ID:xl6bBrWurws)
投稿日時:2022年 05月 30日 00:01

>二俣川さんが言及する関係概念による論理的結合体は既にarchives(古文書)として保存されている考古学的考察の資料としての意味しか持ち得ない言説のように思われる。要するに今の若者の心と精神に届かない。

まさしく私の学問の方法論の一面を表している。学問や学説を歴史的(学史的)に振り返ろうとするもの。おそらく大学の図書館等で、少なくとも半世紀以上前の忘れられたような社会科学系文献をもっとも手にする一人であると自負している。ただあなたの誤解は「今の若者の心と精神に届か」せることを私は目的としていないということである。なぜなら、私は政治家でも革命家でもないから。それゆえ、どこの誰にも歓心を買い、迎合する必要もない。関わる「大学」と「学会」以外の社会的組織体のどこにも所属しない。組織に不可避の指揮命令を忌避するゆえに。

【6795239】 投稿者: そうなんだろうなと思う   (ID:xl6bBrWurws)
投稿日時:2022年 05月 30日 00:20

>社会(変革)運動は、こうした生活実感に立脚していないとうまくいかないと思います。

とくに政治活動や労働運動等においても。それゆえ知人の某党幹部に先の衆院選で、「ジェンダー」の重要性は大いに肯定するものの、街頭でそれを唱えれば唱えるほど逆に票は逃げていくよ、と忠告した。それは選挙後にやればよし。誰も公約破りとは言わないだろうからと。だが、今はもっと地に足を付けた生活安定・向上に絞った具体策を訴えたほうが良いと。その点、自民や公明は庶民の心情をよく知っている。案の定、あの有望女性候補はバッチを付けることができなかった。山本太郎氏の党は、内政重視で闘ってほしい。

【6795605】 投稿者: 岡目八目   (ID:KuQgDA9up/o)
投稿日時:2022年 05月 30日 12:27

もちろん、ミッシェル・フーコーが用いているエピステーメーという概念は、数100年単位の時間軸から見た時の論理を構成する際の視座の変化を意味するのであって、せいぜい数十年前の学生運動での言説を古文書みたいに分類するのは、明らかに行き過ぎなんですけど、現代は例えば、中世に比べるとずっと知的な視座の変化の時間軸も速い。
数十年前の若者の言説がエピステーメーの変化と共にお蔵入りということもあるのではないかと思う。
私だって、鮎川信夫とか伊勢正三とか言っているようではもう、お蔵入りですね。
数弱君みたいに、統計学的な視点から、過去の価値判断をぶった切って、ゼロベースで判断するということもありかもしれない。
もうそうなると、議論もへったくれも無くなるんだけど。笑い

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