女子美の中高大連携授業
これが旧帝大の現実
今年の成人式での会話
理系ヲタク「ぼ、ぼ、ぼくは東北大学なんだよ」
周りの人たち「ふーん」(無関心)
ブランドスーツで固めた男「俺青学だぜ!!」(指定校推薦)
周りの人たち「すごい!!!○○君って、天才!!!中学から勉強出来たもんね」
理系ヲタク「……」(誰にも相手されずに帰宅する)
追加
国立大学のなかには、最先端の研究ではなく、地域に根差した研究をするところもあるからね。そういう研究は有名な論文誌に掲載されることはないから、ランキングでは評価されないだけだよ。
あと、何度も勘違いしているようだけど、大学の成果は学問の成果であって、卒業生が社会で活躍したかどうかではないんだよ。
地方国立大学が、アリバイ作りの如く旧態依然たる入試科目を形ばかり維持しているのではと疑われる。もっとも最近は、私立大学と実質変わらないような入試形態の「国立大学」が増えてきているようだ。この間の国による国立大学の独法化や露骨な差別的官製カテゴリーがそれをさらに後押しした。背に腹は代えられぬ、というやつだ。弱小国立大の運命は如何に。
東大自身がそうした有象無象の駅弁大学と同じ「国立大」としてくくられてしまうのを忌避しているのではないか。たしかに戦後、旧制専門学校等をにわか仕立ての「国立大学」に昇格させるべきとの社会的要請はあったことだろう。しかし、時代は下りもはやその存在意義ですら怪しい、その表れが、この間の文科省による弱小(無名)国立大学同士での上からの半強制的統廃合(大学版リストラ)である。その流れは今後も続くはず。すなわち国立大学予算の選択と集中である。むろん、その宛先は東大ならびに京大であることはいうまでもない。
国公立か私立かにかかわらず、統合効果があるなら統廃合すればよいし、世界的な研究拠点として研究開発成果をあげている大学や科研費認定上位の大学に経営資源を選択集中するのは、当たり前では?
すべての大学を公平に平等に税金や経営資源を同額投入しましょうの方がおかしい。
そんなことしたら、日本の優秀層は海外大学に出ていく。エリートを自国で育成できない国は先進国とは言えない。
研究環境や設備が整い、優秀な研究者と優秀な学生が集まる場を作ることが大切。
発光ダイオードの中村修二(徳島大学)、ロボット工学の石黒浩(山梨大学)やwinnyの金子勇(茨城大学)のような鬼才が時々出てくることがあるので、あまり選択と集中を進めるのが得策だとは思えないのですけれどもねえ。




































