女子美の中高大連携授業
これが旧帝大の現実
今年の成人式での会話
理系ヲタク「ぼ、ぼ、ぼくは東北大学なんだよ」
周りの人たち「ふーん」(無関心)
ブランドスーツで固めた男「俺青学だぜ!!」(指定校推薦)
周りの人たち「すごい!!!○○君って、天才!!!中学から勉強出来たもんね」
理系ヲタク「……」(誰にも相手されずに帰宅する)
実はいろいろある。学士会、七帝戦など。昔は霞ヶ関の官僚は学士会館での結婚式が好きだった。あとなぜか学長ではなく総長。旧帝大は号俸テーブルも高いと聞いたことがある。旧帝大+東工大で工学系連合。
同じように、早慶でも繋がりといっても同じようなものでは?
現役学生が意識するのは逆にそのくらいで旧帝大など、全く使わないし。
あくまでも、予備校などが勝手に使いだした、旧帝大、早慶上理、マーチ、日東駒専などの名称。便利なんだろうが。
「支障がない」と粗雑に言い切るその在り方にこそ、大いに「支障がある」と思われる。また「議論すべきは大学の中身」であることはたしかだが、本件では「旧帝」なる範疇でもって、その「大学の中身」自体も機械的・盲目的に肯定されているではないか。他方で、そうした観点からは「旧帝」のくくりから外れる各大学の評価は反射的に低いものとして位置付けられている。そのような不当性を考慮したとき、およそ「支障ないっしょ」などと思考放棄するわけには到底いくまい。
むろん、そのような団体が存在していることは周知の事実。しかし、私の指摘は「旧帝」なる名称を付した社会的団体が存在するのか、との問いである。正確にご理解願いたい。そのうえで、それに象徴される封建的な権威主義をして、その「旧帝」なる範疇にある各大学の質がーここで声高に唱えられる如くー今日も維持されているのか、そしてそれは私学を凌駕するほどの実態を伴っているのか、との疑いでもある。
旧帝大という名称は、帝国主義への復古ではなく、建学の精神を知る上で大事だと思います。旧帝大の配置は地政学的に妥当ですし、当該地域の教育研究の核になるという役割があります。
>「旧帝」のくくりから外れる各大学の評価は反射的に低いものとして位置付けられている。
各大学とは具体的にどこでしょうか。筑波には高等師範のプライドがあるでしょうし、一橋は旧商の存続にこだわり、帝大への吸収合併を拒み続けてきました。早慶などの私学は、その建学の精神からみれば、旧帝なにするものぞ、という気概をもっていることでしょう。
>旧帝大という名称は、帝国主義への復古ではなく、建学の精神を知る上で大事だと思います。旧帝大の配置は地政学的に妥当ですし、当該地域の教育研究の核になるという役割があります。
まずもってあなたにお尋ねしたいのは、国立大学における「建学の精神」とは何か、ということである。また、それは、どこで、どのような形で以て公にされているのであろうか。ご教示願いたい。なぜなら、それぞれ国立大学設置への経緯・沿革は記されてあっても、それは「建学の精神」とは必ずしも同じではないと思われるからである。
むしろその性質上、国立大学はそれをあえて伏してきたのではあるまいか。またそれは、私立学校法や文科省HPでの如く、私学の「建学の精神」が高く評価されるのとは好対照である。そこにも、私学と国立大学でのそれぞれの「建学の精神」の考え方や立ち位置の相違が明らかであるといえよう。
また「配置は地政学的に妥当ですし、当該地域の教育研究の核になる」とのお考えは文科省の大学政策と同一のものであり、そこにはやはりそれ以外の大学、とくにその周辺に散在する戦後に大学に昇格したとの沿革有する「国立大学」との差別化が、暗黙の前提として肯定されているようにお見受けした。だが、はたして巷間口にされる「旧帝」なる古証文が、現代においてもなお社会を納得せしめるだけの実態を伴っているのであろうか。私は、それも問うている。




































