在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
これが旧帝大の現実
今年の成人式での会話
理系ヲタク「ぼ、ぼ、ぼくは東北大学なんだよ」
周りの人たち「ふーん」(無関心)
ブランドスーツで固めた男「俺青学だぜ!!」(指定校推薦)
周りの人たち「すごい!!!○○君って、天才!!!中学から勉強出来たもんね」
理系ヲタク「……」(誰にも相手されずに帰宅する)
切り取られても困る。実際にかつては旧学区トップ校であったのに、現在は見る影もなく凋落している公立校が神奈川では散見される。ちなみに私の記憶では、ご紹介の県立茅ケ崎北陵高校は、隣市に所在する県立湘南高校同様に文武両道の公立校だとの認識であった。かつて神奈川高校野球でも評判になった同校エース投手が、現役で九州大学に進学したことも覚えている。
君がそれを例示した趣旨は、大学間の「実績」如何なのであろう。そうであれば、その実績を創出する基盤は、一にも二にも潤沢な研究費含む大学全体の環境整備が不可欠。そんなことは、少しでも大学での研究を知るものであれば常識中の常識のはずである。むしろ、「東大や京大はあれほど厚遇されているのに、その程度ではイカンだろ」というのが、私の率直な印象である。
以下は別のところに記したものだが、その本質的把握は本件にもまた通じるような気が、-おぼろげに-する。むろん、この場合の「資本主義」とは「旧帝」なる大学群と読み替える。以下、転載。
「資本主義の最高発展段階が「帝国主義」だとするマルクス主義では、資本主義体制内部の諸矛盾が抜き差しならない段階にまで至ったときに、自己崩壊と社会主義体制への転化がなされるという。その根拠は、弁証法的唯物論である。
また、修正資本主義者たるケインズは、動脈硬化と長期停滞による自由資本主義の行き詰まりと管理資本主義への移行を唱える。この両者ともに「革命」か「修正」かの相違あるが、いずれも資本主義はその経済的失敗ゆえに行き詰まる、とする点で共通する。
他方、シュンペーターはむしろ、その素晴らしい成功ゆえに自己解体の条件を醸成し、やがて社会主義にしずかに移行するとする。すなわち、マルクスが「崩壊と革命」なら、シュンペーターは「老熟と衰滅」である(資本主義衰滅説)」




































