女子美の中高大連携授業
中央大学法学部と早稲田大学人間科学部、両方とも合格したらどちらに行きますか?
法学部、人間科学、特にどちらにも思い入れはありません。
楽しい大学生活(勉強しなければいけないならそこそこは勉強してもいい)と就職を重視します。
中央法推しの書き込みはいつも見るに耐えない物ばかりだね。偏差値ではマーチ中·上位まで落ち込み、明治とのw合格進学先ではほぼ互角。新潟大法に至っては0−100で完敗。
昔を懐かしんだり、こんな筈じゃなかったのにと個人的に悩むのは勝手だけど、早稲田人間科学部に通う生徒や親御さんに対して失礼な書き込みは止めるべきだね。
>所沢ってもともとそこに医学部作ろうとしてたが認可がおりずに残っている不良債権なんでしょ。そんなところには恥ずかしくて行けないと思うのは自分だけでないだろう。
ここでは近代史研究家の山本一生氏の文章を一部引用させていただきます。
1982年の創立百周年記念事業に向けて①医学部新設②キャンパス拡張③新中央図書館の建設が1979年に計画された。この中の②キャンパス拡張の候補地として挙げられた、厚木、青梅、多摩ニュータウン、八王子、町田、浦安、所沢の中から1980年に所沢が選定された。
⇒医学部新設とキャンパス拡張は別の課題です。
その際、所沢を選定した主な理由として以下の点を挙げているます。
①本部、上石神井の高等学院、東伏見校地との有機的利用が可能であること
②地元住民に積極的な誘致の意志があること
③埼玉県当局が所沢候補地の取得に積極的な支援を与えてくれ、これが本庄校地の農地転用、開発許可など十数年来の懸案解決に明らかに寄与していること
その後、早稲田大学は1985年に新学部「人間総合科学部」として文部省に申請し、翌1986年に設置認可が下り、1987年4月に所沢キャンパスで「早稲田大学人間科学部」が開校した(余談ですが、もしこの時、幕張が選定されていたら人間科学部は現在の渋谷教育学園幕張高等学校の所在地に建設されていました。)
早稲田の医学部設置構想自体は、新キャンパス構想とは別におよそ100年にわたって表出したり、隠遁したりしている。
・日本医科大学との合併(1950年~)日本医科大学からの反対で不成立
・創立100周年記念事業(1979年~)医学部新設は資金規模の面から中止
・東京女子医大との合併(2000年台)水面下で交渉中
・稲門医師会設立(2016年)
⇒医学部構想は許可が下りなかったからではなく資金繰りの面から取り下げたのです。将来的に医師が余剰になることが見込まれるため、医師会の強い反対により医学部の新規創設は難しいことから、東京女子医大をはじめとした私立医科大学との合併の形で進めることになると思われます。




































