在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
早稲田目指してたけど、もう無理。立教で妥協していいっすか?
現役で早稲田に受かるようなのってやっぱ天才なんだなと実感した。
マーチの過去問なら解けるけど、早稲田の問題は全然解けん。あっ、天才だけが解けるヤツなんや。
早慶とマーチの壁ってめちゃくちゃデカイ。
早稲田スポ科人科蹴りの立教異文化、経営は意外といそう。
ぜひ、ご意見あればと思います。
立教妥協ではなく、立教妥当ですね。
この立教の二大看板は偏差値でずっと65を維持。
英検2300超がデフォでかなりレベルが高い。
明治政経やら中央法とは一線を画して、MARCH
最難関を維持している。
「学問の自由(23条)」とは、個人が学問研究や発表について、権力による侵害を受けない自由を保障する。とくに「学問研究の自由」は、思想・良心の自由などと同じく、精神的自由権に分類されている。それゆえ、高い自由が保障される(君が嫌悪する「趣味的」で「役に立たない」ものであっても構わない)。
なぜなら、それは民主主義の基礎理念たる個人の尊厳に直接結びつくものとされるからだ。ことに、現代国家は巨大な権力機構を持つものであるゆえに、自由への侵害を安易に認めるならば、きわめて危険な結果を招く虞がある(君の言い草に従うなら、金儲けに直結しない文学や哲学の存在理由が失われかねない)。
(続き)
また古今東西、大学は外部勢力からの干渉と闘い、次第に大学の自治を発展させてきた。それゆえ、学問の自由と大学の自治とは不可分の関係にあると考えられる。なぜなら、もし大学が外部勢力の干渉の下におかれるならば、研究者の真理探究の活動が外部勢力の価値判断により制限されてしまうからだ(君のは、制約しろと高言する)。しかも、大学は学問研究の中心としてきわめて重要な地位を占めてきた。だから、大学の自治は人類共通の財産ともいうべき学問の進歩のために、不可欠の条件なのである(君に対するお答え)。
そのうえで、大学の自治とは何か。大学の管理・運営の自主制であると解される。その法的性格は、学問の自由を確保するための制度的保障である。またその範囲は、人事の自治(君は、これを否定する)、施設管理の自治、学生管理の自治その他になろうか(可変的であり、限定されない)。その主体は教授団(教授会)ならびに職員、学生らを包摂する。大学とは、教員・職員そして学生を構成要素とする機関だからだ。なぜなら、学生をその主体から排除するのなら、研究所と差異が無くなるからだ。そうすると、憲法23条の存在意義が失われてしまう(研究所には憲法上、大学の自治と同様の制度的保障は想定されていない)。




































