在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
MARCH = 早稲田・慶應
MARCH落ち早慶進学者が増えている。
友人には、MARCH全落ちで早稲田進学者もいます。
これだけMARCH落ちばかりなのは、既に
「MARCH = 早慶」になっている証拠でしょうか。
更に、最近は日東駒専落ち早慶もいます。
MARCH=早慶 ≧ 日東駒専
私大定員数厳格化で、難易度の差も縮んだ様子。
日東駒専も侮れませんね。
大恐慌とフーバーの対応とそれへのフリードマンの批判については、昔論文で読んだな。フリードマンと日本の関係で言えば、元立教大学社会学部教授の西山千明が有名かな。立教は経済学部だったらマルクス経済学の牙城だけど。
日本の金融・財政当局は、大昔はマルクス経済、その後はケインズ経済に傾倒したので、この名著を読んでおらず、見事な没落を実現させてしまったけどねw
日銀の1990年当時の総裁が、おサルな三重野ではなく、地頭のあるバーナンキであったならw
また、一橋・慶應の人材がもう少し、民尊官卑の精神を弱めて、公にも興味を持っていれば、いればこんなことにならなかったのだろうけどw
株式担保金融って何かわかっていないでしょ?
個人の場合は証券会社の信用取引のことをいうし(持ち金の数倍の取引を証券からの借り入れで行う)、法人なら1980年前後の米国を起点としたLBOの、さらに濃い部分のレバレッジ(文字通り、事業体でのレバレッジをかけた上で、スポンサーの持ち株に関してもレバレッジをかける)をいうんだよ?
「以前にも記したが、経済学にはおおまかに二つの分野がある。一つは現実の経済の動きに対して実証や推論を重ね、精密な用具を用いて分析する分野。「経済分析」と言ってよろしい。この分野は経験科学乃至精密科学(exact science)としての分析を行う。したがって、そのための分析用具の精密さが求められる。本掲示板における素人衆が「経済学には数学が必須」と誤解し、俗論を声高に述べる「理由」の一つはここにあろう。
他方で、そうした経済現象を総括的にとらえ、全体として経済の姿を描き出す分野である。「経済観」というべきか。こちらは本質認識乃至全体認識の面で、歴史科学乃至社会科学としての一部門との性格を帯びる。それゆえに、こまかな実証や分析よりも、資本主義経済全体の姿の把握や解明が中心の課題になる。そして本件『資本論』も、資本主義の論理を解明し(とくに第二、第三巻)、「そもそも資本主義経済とは、いったいいかなるものなのか」との根本的な問題提起をしたものだといえる。
ある研究者は言う。
「『資本論』は、大きなつり鐘に似ている。大きなつり鐘は、力の弱い人がたたけば小さい音がし、力の強い人がたたけば大きい音がする。『資本論』のなかからどれだけのことを学びうるかは、読む人の理論水準に依存するのである」と。どうやら、君には難しいようだ」(以上、転載)




































