在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地方旧帝大凋落の理由は、やはり地方の衰退という事なのでしょうか?
そうだとしたら、もう凋落する一方では?
>推薦で最初の数回の面接が免除になったところで その後の採用確率は自由応募とそれほど変わらず
それに、推薦枠を限定して出している企業は、基本的に落ちない推薦です。
その様な企業は、年毎に採用数と配属部署を確定させた上で大学に推薦を出すので、年により推薦が無くなる大学がある。
メーカーで推薦が無くならないのは、旧帝大と旧東工大でした。
>その後の採用確率は自由応募とそれほど変わらず
推薦応募で落ちない可能性が高い前提と、そうではない場合では、考え方が違うのでしょう。
◆推薦応募の理由
・ほぼ確実に決めたいから
(旧帝大クラス 修士1年 機械)
・推薦応募のみの選考だから
(旧帝大クラス 修士1年 その他)
・明確に第一志望であれば、自由応募のメリットは特にない
(旧帝大クラス 修士2年 化学)
推薦の種類や使い方に、教授の力が関与すると感じましたが。
子は、体育会に所属していた為にインターンを経験せずに就活に突入。
結果、第1志望企業を1つに絞りきれず、自由応募で就活を開始し、面談や説明会を通して企業研究をしていました。
第1志望企業が3社に絞れた頃に、その内のA社から内々定を頂き、その企業以外のB、C社を考えたところ、2社の中のB社に行きたいと意志が固まり、自由応募で出していましたが、直ぐに教授推薦に切り替え、2週間後には内定(内々定)でした。
因みに、その企業B社の自由応募の進捗は、ESを出しただけの状況で、意志を固めた時点で直ぐに企業の担当者に教授推薦に切り替えを連絡し、教授には推薦状を書いていただくお願いにあがったようです。
企業からは、特別日程を組んで貰い2週間後には、決まっていた。
推薦は、こんな使い方もありますよ。
子の研究室の教授は、科研費でも特別推進研究を繰り返し採択されている教授で、その分野の学会の重鎮。
子供曰く、「あの教授の推薦を断れる企業はないよ(分野が同じならば)」と。
勿論、子供の研究実績は、申し分なく、最初に内々定をいただいたA社の最終面接のやり取りは、
「受賞欄の記載が多いですが、これは学会参加のみのものですか?(勘違いしてないか?)」
「いえ、ポスター発表を含みますが、全て賞を受賞したものです。書ききれなかったので、主要学会のみですが」
「あまりにも多かったので、、素晴らしいですね」
当然、技術面接のウケも良く、1時間半後には、内々定の電話がかかってきたとのこと。
就活談を聞いて
「一部は聞いて知ってたけど、結果として、そんなに受賞してたのね」の私の言葉に、
「毎回、研究室内の誰かが受賞してるから」と。
体育会の部活に参加しながら、土日の休みもなく午前2時頃まで研究生活を続けた結果なので子供の努力の成果が1番とはいえ、その教授名で受賞出来た部分も0では無かったと感じます。
「力の強い教授、研究室」のメリットは、あると思いますよ。
当然、研究生活は大変ですが。
>投稿者: ?(ID:lbHX2OIHViA)
投稿日時: 2024年 12月 15日 10:40
この書き込みは推薦もさん (ID: v5jKB.9Aym2) への返信です
その技術面接のネタが、力のある研究室が多い旧帝大の方が有利と言ってるのだけど。
子の就活話と科研費の額より、理解できますよね。
子の研究室は、先輩方を合わせても第1志望企業就職が殆どです。
院ロンダで入ってきて、子供曰く「ちょっと〜」という子でも、大学推薦で第1志望企業に。
大学全体であれば、就活に苦労した学生もいるでしょうが、総じて「その技術面接のネタが、力のある研究室が多い旧帝大の方が有利」かと。




































