今年入学した高1生が語る青春リアル
中央大学法学部は都心移転によりどこまで復活するか?
みなさんの予想はどうですか?
私は、
出身学部別での司法試験合格者数は1位。
予備試験合格者数では2位。
国家公務員総合職の合格者数では早慶を抜いて1位。
民間は今より良くなる。
偏差値は普通に早慶上位レベルまで上がる。
答練用に、駿河台の中大生協で『ペリカン』の万年筆を購入した。当時でも、一万円位したと思う。貧乏学生には大きな買い物だった。最初は書きにくかったが、使うに従いペン先が馴染み、滑るように書きやすくなった。それでも当初、「どこか答案がフワフワしている」などと酷評され、がっかりしたことを覚えている。あのレンガ作りの旧法務省庁舎に合格発表を見に行ったことも思い出深い。当時は、短答試験の日が「母の日」で、嫌なときに試験をやるなとみな感じていた(それすら、10人に1人程度しか通らなかった)。
論文試験が勝負であったので、短答試験対策に時間を費やしたくなかった。そこで、彼女(今の家内)に頼み、試験対策用のカードを手作りしてもらった。生協にあった「京大カード(?)」の両面に、過去問の問題と解答解説を一枚一枚手書きで書いてもらった。それが数百枚になったとき、おかげさまで短答試験の得点が安定した。後日、家内の親からは、徹夜してその作業をしてくれていたと聞いた。銀座のオフィスビルで宿直のバイトをしながら管理室で勉強していたが、会社が休みで誰もいない正月には手作りのおせちを届けてくれた。汚いソファに腰かけ、二人並んでそれを食べた。多かれ少なかれ当時は、みなそのような思いで勉強の20代を過ごしていたはずである。
思い出話でさりげなく自慢する人にはいくつかの特徴があります。心理学的には、これらの行動はしばしば自己肯定感の低さや承認欲求の強さから来るものとされています。以下はそのような人々の一般的な特徴です。
過去の栄光ー自分の過去の成功や成果を何度も話すことで、現在の自分を価値あるものとして提示しようとします。
親族の自慢話ー兄弟姉妹や子供の成功を話題にすることで、自分自身の価値を高めようとします。
持ち物の自慢話ー高価な品物や限定品などを自慢することで、自分の社会的地位を示そうとします。
これらの特徴は、自分自身をより良く見せたいという欲求や、他人からの承認を得たいという欲求に基づいています。自慢話をする人々は、しばしば自分に自信がないか、他人に自分の価値を認めてもらいたいという強い願望を持っています。
「夫が医者」と嘘をつく人の心理的特徴には、以下のようなものが考えられる。
虚栄心ー社会的地位が高い職業に自分を結びつけることで、他人からの尊敬や羨望を得たいという欲求がある。
自己価値の向上ー自分自身をより価値があると感じさせるため、または自己評価を高めるために嘘をつく。
注目を集めたいー他人から注目されたい、話題の中心になりたいという承認欲求が強い。
保身ー自分の真実が明らかになることを避け、社会的な評価を保つために嘘をつく。
コンプレックスの補償ー自分の現実に満足していない、または劣等感を感じているため、嘘をついて現実から逃避しようとする。
嘘をつく行動は複雑な心理状態から生じることは察するが、その背景にはさまざまな要因が絡み合っていることを理解しながら付き合うことは、その場のコミュニティ維持する秘訣でもある。
>私も東大大学院進学を考えたときがある。そのとき相談した中大の某先生から、「外様として、雑巾がけから始める覚悟があるのか」ととめられた。それでも、その雑巾がけを行い、大先生の資料整理から、代筆、索引作り、その他引越しの手伝いまでして忠勤に励んだ。
いいね。
22日に法科大学院に対する国の助成金の配分率が決まった。
中央大法科大学院の配分率は95%(基礎80%・加算15%)
東大京大早慶などの法科大学院は105%(基礎90%・加算15%)
配分率のトップは一橋法科大学院の110%(基礎90%・加算20%)
加算率のトップは法政大法科大学院の30%
なんと捉えようと君の勝手だ。それが、この私に何らの影響を及ぼすものではないからだ。だが、それでも当時の実話ゆえに、興味深くご覧いただけた方もお有りになったに相違あるまい。とくに昔の中大や旧司法試験にご関心がある方々におかれては。他方で、時代は移れども、真剣に学ぶ若者の悩みや不安は常に変るまい。そうした彼らに私も、出来る範囲で寄り添い、支援してまいりたい。
付言するに、それは私自身が自らをどのように感じ考え、またいかなる価値観の持ち主であるかとの自己概念の問題であるとも思われる。とりわけ、私が主観的に形成してきた自己についての概念(主観的自己)の表白だ。したがって、お見立てとは異なり、むしろ私はそうした自己を肯定的に評価している。だからこそ、何ら恥じ入るものを認めない。若き日の自分に対する冒とくになってしまいかねないからである。たしかに失敗が多かった。だが、精一杯やってきた。君はどうだ?




































