在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私文専願者の価値って、なんだろう?
スレタイ通り
「私文専願者の価値って、なんだろう?」
「個人としての書き込み」に何十年にもわたって根拠のないダルがらみを続けて(というより他人の書き込みに容喙する以外のことをしていない)のに、約1名だけ例外にするのはどうしてかな?
何度も言っているように、判断するのは約20名の平均的な知性の持ち主である読み手であって、相対の喧嘩をしているわけではない。
「他者」を認識できないのは幼児と同じです。
>受験生を集めにくい下位クラスの大学がするならともかく上位クラスの大学がしてしまうと、理数系を軽視する高校生が増え、結果として高校生全体の学力低下を招きます。
===これは、首都圏の私大の現状ですよね
>また、高校で履修した内容は大学で一般教養を身に付けるための基礎になりますので、高校で理数系を疎かにすると大学で自然科学の教養を身に付けるのが困難になります。
===慶應や早稲田で高校数学をやり直す事態との記事のアップと一致しますね
===大学の経済学に使う数学が国立大文系(例として群馬大や佐賀大)はクリアしてるのに、とデータを上げてるのが繋がりますね
>せめて、国公立、私立問わず、大学進学希望者には5教科7科目の共通テストの受験を必須にして、その後の個別試験の方法は各大学自由とすべきでしょう。
===首都圏ほど悲惨でしょうね、共通テストの5科平均点が
===私大が抵抗するでしょうし、暴かれたら大学産業が崩壊しそうです
附属高校の早稲田高校(卒業生315)の2023年度の国立大学合格実績が
東大39、京大8を含む国公立大合格者数106なんだけれど、慶應合格70もいる
早稲田として、附属高校からは国公立大受験を推進にシフトなの?
私の主張は、次に尽きる。要は、他人に関係ない事柄については、自分に決定権があり、自分にしか害が及ばない行為であれば、自らの責任において行為することができる、ということだ。なぜなら、自己の利益については当事者自身がもっとも適切な判断者であり、当事者が自ら決めたことは法律上も尊重するということである。100年以上も前にジョン・スチュアート・ミルが『自由論』で述べた原理である。まして、われわれに無関係な地方人諸氏がなにゆえ居丈高に珍論・奇論を強要するのか。君たちは、その狭い部分社会で以て自己満足していればよいではあるまいか。その「執拗で、暗い情熱」の動機が私には理解できないのである。以下、再掲。
「周知のように、憲法13条は個人の尊重(人間の尊厳)を保障したものと解されている。全体主義、国家主義を斥けて、個人主義を宣言したものだ。自己決定権も本条で根拠づけられよう。その中身は、自分が自分の人生の主人公であり、自分が行動の決定者であるとするものである。その本質は、それぞれの価値観にある。それは、その人が自分個人の人生を律していく場合の指針である。それゆえ、他者には他者の価値観があり、それを一応は許容することも意味しよう。そうしたとき、『私文専願者の価値って、なんだろう?』などといらぬ容喙を画策する人々をみるとき、ましてそれが『国立大学』との権威に盲従する観点からであるとき、なにやら『全体のため、国家のために人間がある』との全体主義の腐臭が漂う。反憲法的な在り方だとの疑いがある」
係属校だと国立大受験の為には数学はやるの? 早稲田大学に進学して高校で学んだ数学をデータサイエンスで活かさないの? 何のための係属校?
早稲田高校(卒業生数315)、東大39,京大8を含む国公立大合格106、慶應大学合格者数70




































