女子美の中高大連携授業
私文専願者の価値って、なんだろう?
スレタイ通り
「私文専願者の価値って、なんだろう?」
>二俣川さんの投稿→◎
◎あと45年余りで日本人が3901万人も減少
→人口減少は事実ですが、これは「地方国立大は、数年後に全入」のなんの根拠にもなりません。
◎4年後にはー少なくともー5人に1人が75歳以上
→少子高齢化は事実ですが、これは「地方国立大は、数年後に全入」のなんの根拠にもなりません。
◎あと20年強で鳥取44、9万人、島根52、9万人にまで減少
→島根県(2040年)
18才人口_4887名
大学進学者数_2127名
からも、「地方国立大は、数年後に全入」のなんの根拠にもなりません。
◎18歳人口激減、一向に改善されぬ合計特殊出生率からも明らか
→18歳人口減少は事実ですが、これは「地方国立大は、数年後に全入」のなんの根拠にもなりません。
◎あと3年後の全国の18歳人口は106万人(あと20年弱で88万人)と予測
→「地方国立大は、数年後に全入」という根拠にはなりません。
二俣川さんの主張のどこに、「地方国立大は、数年後に全入」の明確な根拠が示されているのですか?
>◆THE世界大学ランキング2024
>29位 東京大学
世界ランキングにはあまり意味がないと子供(東大既卒)が言っていました。
この指標がどう使われるかを、正しく考えるべきなのだと思います。
ランキングはいろいろありますが、基本的には海外の大学が寄付金を得るために頑張って上位に上がる性質のものが多いです。
欧米の大学はその運営資金のかなりの部分を寄付金に頼っているので、ランキングの順位が非常に重要なのです。
従って、ランキングコンサルのような人を雇って、どこを強化すればランキング上位に入れるか、真剣に取り組んでいる状況。
一方で、日本は寄付金が少ない国です。
海外からの寄付金が入る可能性もないので、国際ランキングを上げる必要もないから、どこの大学も真剣には取り組んでいません。
ですから、日本の大学を考える際に、国際ランキングを持ち出すのは、ナンセンスだと思います。
私立推しも情弱なら、国立推しも情弱ですよ。
国立VS私立でサロンのように、延々とたたき合いをしている時点で、情弱というか、レベルが低すぎるのです。
一方を推すべきではないと考えています。
子供が言っていたことは、示唆に富んでいます。
「大学を区別、差別して、どっちが上か、下かと言い合うような人は信用できない。すべての大学は大事、すべての学生が大事、と考えるような人でなければ、教育を語る資格も、考える意味もない」
さすがだな、と思った瞬間でした。
東大上位には、似たような考え方をする方も少なくないそうです。
国全体のことを考えていますからね。
>世界ランキングにはあまり意味がないと子供(東大既卒)が言っていました。
意味がない?ことはないでしょう。
文系ですか?
昨年、東大新聞に「THE世界大学ランキング」についてのコメントと特集が掲載されてましたけどね。
どうだろうか。使用者が私を「雇う」より以前に、労働者としての私が適性を生かせる就労先を「選ぶ」というほうが妥当だと思われる(契約自由の原則)。
ところで、スーパーは職業との適合性を能力とパーソナリティに分類した。そして、能力は適性(知能、空間視覚化、知覚力)と学力や技能から構成されるとした。
その場合の適性とは概要、次の三つになるものと思われる。
1.仕事がどの程度できるかという「能力的適性」
2.職場に適応できるかという「性格的適性」
3.自分のやりたい仕事かどうかという「態度的適性」
そのうえで自省すると、私の場合は性格的適性が問題となる。すなわち「会社」というある種の閉鎖的部分社会において、営利至上との価値観(企業の本旨)から演繹される意味での「協調性」ならびに「対人関係」。そうした情緒的側面へのストレス耐性には、たしかに自信はない。換言すれば、今晩も終電まじかの電車内で見受けられるはずの会社員諸氏らの過酷な労働での精神的消耗のありよう。具体的には、酩酊しての愚痴、同僚への悪口といった目を背けたくなるような醜態を自ら演じたくはない、ということだ。
>海外からの寄付金が入る可能性もないので、国際ランキングを上げる必要もないから、どこの大学も真剣には取り組んでいません。 ですから、日本の大学を考える際に、国際ランキングを持ち出すのは、ナンセンスだと思います。
東大新聞を探してみました。
有料記事の部分があるので、詳しくは書けませんが、「海外からの寄付金も入っていますし、評価項目の経年的検証、更に海外大学との比較」等の大学側の見解が出ていました。
お子さんが東大卒がどうかは確認の取れない話ですが、少なくともこの部分は的外れです。




































