女子美の中高大連携授業
私文専願者の価値って、なんだろう?
スレタイ通り
「私文専願者の価値って、なんだろう?」
> 私立大と公立大を対象に約250学部の新設や理系への学部転換を支援する方針を固めた。
文系学部の助成金を削って理系学部の助成金を増やせば、この転換がもっと加速するんじゃないですかね。私立文系はますます追い詰められますね。
偉大なるヘーゲルは、資本主義時代の謎が「自由なる人格者」との概念の白衣に包まれ、「実現された自由の王国」の裏にひそめられていることを見破っていた。だが、支配層はなお執拗に王国の民を苦しめる。
そもそも市民社会とは、同質性の原理による原子論的構造をもちながら、返って自己内に異質的対立的契機として階級的部分社会を含む二元的構造によって成り立つ全体社会である。そして、この異質的契機を媒介にして国家機構が外郭的政治社会として形成せられる。そこでは、物質的に支配的地位に立つ階級が全体社会を政治的・思想的に支配する。かかる階級こそ、bourgeoisieに他ならない。したがって、近代国家の本質とは、bourgeoisieの階級的支配のイデオロギーに過ぎないといえる。
すなわち、総資本の支配は、国家の普遍意思を通して行われる。そこでは、資本と労働力との等価性の原理が契約自由と、それを介して実現すべき営利主義とに規範的正当性が付与される。換言すれば、資本主義的社会における「善」なるものは、かくて資本主義的社会関係のイデオロギー的反映である。そして支配階級は、かかる物質的諸関係を現実に維持するために「(彼らにとって)善」なる規範につき、さらに法規範としてそれを制度化せられねばならない。大学をめぐる国の所為も、かかる邪な本質を内包しているのである。
問題なのは、な〜んちゃって理系で、【理数】が【弱】い学生を集め私大経営を維持すること。
今でも、な〜んちゃって情報系は危ない(学生の質が悪い)との評価です。
理系人材を増やすなら、数理科目をしっかり入試に課して欲しいもの。
最近では、大学は学問をする所とも言えなくて、それは大学院以降で院生・研究者・教員が行う、という感じになっているのでは?
今や学卒にそこまで求めるのは無理でしょう。文系は知らないけれど、理系の研究分野なんて細分化・専門化が進んでいて、大学4年終わったぐらいではとても研究できる状態ではない。どんな事をやっているのか感じられる程度。
学卒で就職しても全く問題ないですし、理系の学士や修士が従来文系分野と思われていた職種にもっと進出してもいいと思う。
試験科目でそういう種類の「学力」なんて判別できないです。
理類の国語は440点中80点の配点に過ぎないので、合格者を見ても20点台から70点前後までバラバラです。
面白い傾向としては「国語の点数をなかったことにしても合格しているような人ほど結局国語の点数も高い」ということくらいかな。
二俣川さんも関西人さんもいい歳なのですから、いい加減「大学の受験科目ごときで能力を語ることの愚」を学んでください。




































