今年入学した高1生が語る青春リアル
東大は悠仁様の受け入れを表明して混乱を収束させるべき
東大は、一刻も早く悠仁様の受け入れを表明して、混乱を収束させるべきではないですか?
ご指摘のように彼は天皇ではない。それゆえ、過度に特別扱いをすべき必要性もない。また、東大卒の学校歴も天皇の必須要件ではあるまい。にもかかわらず、なにゆえ特別扱いあるいはその疑い濃厚な入試が強行されようとしているのか。
だからこそ、私は一般入試で挑戦なさいと主張しているのだ。それゆえ、私が彼の進学先選択の自由を否定したことはない。悪しからず。
まず天皇の候補者には天皇の必要条件でない東大進学はダメというその発想の正当性を説明できないのなら議論する余地はない。
私は選抜制度と公平性はその選抜する項目に応じて公平性が担保されればいい。各自が持つ環境の優位性は選抜の要素には関係ないし、排除はできない。それは天皇候補者も他の受験生も同じこと。別に特別扱いを容認しているわけではない。
まずあなたの魚屋の跡取り息子は魚屋の必要条件ではないのだから本人が東大で学ぶことを望んでも行かせるべきではないということと同様な理屈の展開する正当性を明確に説明してほしい。
それと受験制度の公正性とは全く違うこと。その議論とのすり替えをしてはダメでしょう。
まさか自分で言っていることなんだから正当性を説明できないなんてことはないはず。
特別な立場の方が、特別な場所で、特別な人脈で作成した論文や国際会議への初日のみの出席を根拠に、(特別枠ではなく)一般人に混ざって国立大学の推薦枠を利用されるかもしれない。それが果たして皇室として国民に寄り添った公平な振舞なのかということが問われているのでは?
今上天皇は皇太子時代の会見の中で「(誡太子書に)感銘を受けたことを思い出します。花園天皇の言われる『学問』とは、単に博学になるということだけではなくて、人間として学ぶべき道義や礼義をも含めての意味で使われた言葉です。」と。
先だっての誕生日文書で母は「学ぶ場所は、長男自身がしっかり考え、決めたことを尊重したいと思っております」と息子をフロントラインに立たせました。成年皇族となられたいま、その選択には責任が伴いますしご本人のお考えや道義が反映されるでしょう。お進みになる大学が発表されるのが楽しみです。
それは様々な考え方があり、皇室の者が一般人とともに一般受験という世界の中で同様に競争することが通常ということになれば、同様に受験対策に必要なものを予算として確保して受験に臨むことになる。
それで一般人とその枠を競争という形で争うのが本当に国民に寄り添うことなのか?
おそらく同時期に同じ大学を受験して不合格となった受験生はなぜ皇室の者が一般人と枠を争って奪うということをするのか?別の枠を持たせるべきという意見も当然でる。
あなたは自分のお子さんがその立場となった時、国民に寄り添った結果だから、自分の子供はその枠を奪われても納得すると言えますか?
秋篠宮様家のために3400万円の予算計上までして、インスタで上げる写真にSNS専属のプロカメラマンが撮影する必要ありますか?
普段の悠仁様を秋篠宮様や紀子様がスマホで撮影した写真を使って、宮内庁も発信した方が正確な情報発信になると思うのは、節約が身についている庶民だからですかね?
インスタの3400万を東大に寄付すれば悠仁様の東大進学を歓迎する国民は多いと思う。
一般受験も国民に寄り添った最善の選択とは受け入れられないでしょうね。特別な論文を根拠にした学校推薦よりは、学力という客観性がある分まだ説明しやすいかもしれませんが。一般受験も学校推薦も、大学受験というデリケートな場で一般の国民の1枠を奪うという意味で禍根を残す可能性はあるでしょう。
「皇族特別枠」、いいと思いますよ。ただしその場合は、その大学の求める学力基準に達していることや、その大学にしかその道の権威がいない等の前提が必要なのでは。理由の説明責任も伴った上での特別枠。入学でなくても、聴講やその分野の権威に家で教わるなど方法は色々ありそうですが。
お茶の水を選んだ時点でこのような状況を親や周囲の大人は想定できたはず。今更ですが、国民に受け入れられる土壌づくり、つまり等身大の情報開示が折に触れできていればよかったですね。今の状況のなか「自分で考えた判断」という名のもと進学先が明らかになる。大きなプレッシャーをかけるなあと、同じ親としては思います。
>「皇族特別枠」、いいと思いますよ。ただしその場合は、その大学の求める学力基準に達していることや、その大学にしかその道の権威がいない等の前提が必要なのでは。
皇族特別枠は学力無関係でいいと思います。特別な立場の人ですから。
逆にその大学の求める学力基準云々言い出すと、優秀であることを装いたいという皇族方にふさわしくない考えに捉われるおそれがあります。でも盛って入学した先に待っているのは試験を勝ち抜いた優秀な同級生に対するコンプレックス、それを打ち消すために同級生にはない特別な立場に必要以上にこだわるようになられるのではないかと危惧してしまうのです。
イギリスのチャールズ国王は自分が学力以上の大学で学ぶことができたのは特別な立場ゆえで、それに感謝して国のために尽くさなければならないと以前おっしゃっておられました。これに対して有能伝説にこだわる北の独裁者は圧力で国民の口を塞ぎ生まれも能力も盛りまくっています。日本では笑いのネタですが彼の国で有能伝説を否定しようなら強制収容所かあの世行きですから。
日本がどちらをお手本とすべきかは明らかですよね。




































