今年入学した高1生が語る青春リアル
東大は悠仁様の受け入れを表明して混乱を収束させるべき
東大は、一刻も早く悠仁様の受け入れを表明して、混乱を収束させるべきではないですか?
まぁ、エジソンの名言では99%の努力の上に1%の閃きがあって天才の様ですので東大に行ったなら行ったなりの成果はあると思います。塾で必要な技術を身に付けるならそれもまた努力の1つかと。
悠仁様の入試もどのような質問にどのように答えられて推薦合格となるのかは分からないので人の手を借りた実績をお金と権力で買ったと言われちゃうんですよね。私もこの辺はどう意見です。折角論文ポスター発表という絶好の機会チャンスにどうして臨まなかったのか?質問に対して止めるまで自分の好きな分野について語る様を報道されれば一定の納得感は得られたのでないかと残念に思います。
>悠仁君を一般国民の受験生と同様に捉えてる人が批判的に見るんですよ。
彼が天才的な学者である必要もない。
東大で将来天皇になるため研鑽を積んでいけばよい。
それだけ。
筑附だろうが東大だろうが、特別な立場となる方だから学力関係なく入学ということであればここまで騒がれなかったと思います。そうではなく一般の受験生が利用する推薦という形を取り、あたかも成績が非常に優秀であるというテイにするから問題なのです。
形だけすばらしくすることは研鑽の道につながらないどころか見てくれを異様に気にする独裁者みたいなので避けるべきです。
>一般の受験生が利用する推薦という形を取り、あたかも成績が非常に優秀であるというテイにするから問題なのです。
あの〜さんは以前から、何がズルなのかと質問していました。それに対する回答に上記引用と同じ内容があっても無視しています。
私もあの〜さんに質問したいです。あの〜さんはご自分のお子さんが、このような形で入学することになったら平気でいられるのでしょうか?
私なら恥ずかしいし、子どもの人格を歪ませるから止めさせます。
皆さんが幾度も書いた通り、特例なら特例だと堂々と好きな大学に行けばよいのです。
>>一般の受験生が利用する推薦という形を取り、あたかも成績が非常に優秀であるというテイにするから問題なのです。
>あの〜さんは以前から、何がズルなのかと質問していました。それに対する回答に上記引用と同じ内容があっても無視しています。
あの〜さんって、上記のような回答が何回かあってもスルーして国民の嫉妬という形に無理矢理持ち込もうとしていますよね。
最初の1、2回なら単に気が付かなかっただけと思いますがこう何度も続くと何か意図があるのではないかと勘ぐりたくなります。
>> 筑附だろうが東大だろうが、特別な立場となる方だから学力関係なく入学ということであればここまで騒がれなかったと思います。
これまでここでコメントされた方をみていると、貴殿と同じことを述べる方が多いですよね。おっしゃるとおり、「特別な立場となる方だから学力に関係なく入学」という制度があるのであれば、全ての国民が納得できます。
ただし、今はそのような制度はありませんから、もし実行するのであれば新たに制度を作らなければならず、国立大の場合であれば、それを一般公表せねばなりません(極秘に制度を作って、後でバレたら社会問題になりますから)。
その制度をつくる段階で、全国民がすんなり納得するはずもなく、反対する人々は一定の割合で必ず出てきます。大学の総長はそれが嫌なのです。できるだけ波風立てずに定年を迎えたいと思っているわけですから。
このため、国立大に関しては、東大であろうと筑波であろうと、「特別な立場となる方だから学力に関係なく入学」という制度をつくることはできません。
紀子さまがお茶の水大で博士号をとられたときには、世間が何も注目していなかったのでドサクサにまぎれて進めることができましたが、注目が集まる悠仁さまの場合、紀子さまのような進めるのは不可能です。
したがって、「特別な立場となる方だから学力に関係なく入学」という制度をつくるとすれば、制度について公表する義務を持たない、学習院をはじめとする私立大に限定されてしまいます。
結局のところ、悠仁さまは海外大学、もしくは私立大へ進む以外の選択肢は無いと考えます。
>アインシュタインは東大に行く必要はないですよね。
天才はそれこそ学歴関係なく、放っておいても芽を出すと思うのです。
アインシュタインは東大には合格できない。
チューリッヒ連邦工科大学も不合格
しかしアインシュタインの数学と物理の点数が最高ランクのため、中等教育習得を条件に学校長が特別に翌年度の入学資格を与えた。
その大学での設備での実験、研究等の機会がなければ芽は出なかったかもしれない。
あなたは一般入試組の目線しかないから公平性が最優先になるが、大学や社会目線で見たら突出した能力を受け入れることは悪いことではない。
その選抜は点数でのデジタルな選考ではないので一般入試と同一レベルの公平性は担保できない。
でも学術的な表彰でも芸術、スポーツの世界でも同じ。特に学術や芸術の優れた者が賞賛される時に基準は合理的な比較ができないのでその公平性は必ずしも担保されない。
一方で突出した才能や能力がなくても努力して課された科目のスコアさえクリアすれば門戸を開くことも大切なので一般入試は併存する意義がある。
よく東大推薦合格組は一般でも合格とか言ったりするが、そういう受験生は一般で選抜すればいい。
受験制度が異なる意味はそれぞれの制度の目的に合致して受験生を受け入れることなのだから。
これは受験制度の考え方の話であって悠仁様が突出した能力があるかどうかの話ではない。念のため。




































