今年入学した高1生が語る青春リアル
東大は悠仁様の受け入れを表明して混乱を収束させるべき
東大は、一刻も早く悠仁様の受け入れを表明して、混乱を収束させるべきではないですか?
>子息に関わる皇位継承者たる資格を事実上返上したものと見做されても致し方ないとの客観状態にあると思われるのである。ましてその性質上、伝統や先例をとくに重んじる天皇ならびに皇族らの世界においては。仮に一般国民の如く自己決定権を主張するのであれば、それは世襲的に特権を享受する皇族の在り方とは両立しまい。それら意味で、私は彼らを「横紙破り」と評したのである。
あなたが、そう見做しているという事はわかりました。私も、横紙破りというのを感じないわけではない。
ただ、彼らも人間である以上、特権的地位とはいえそこまで伝統や先例に従わなくてはいけないとは、私は考えません。このあたりは多分あなたと議論しても結論は出ない灰色領域だと思います。
>学習院が主に皇族や旧華族らの子女の教育を担ってきたとの経緯ならびに戦後の世襲天皇3名全員が学習院に学んできたとの史的事実からも、当該部分社会の慣行として、また国民各層の「皇位継承者の教育は、学習院で」との確信からも一定の拘束力の存在を肯定してもよい。
慣行として皇后は歴代皇族華族から選ばれていた歴史的事実からも一定の拘束力の存在を肯定できるのかね?。
しかし世襲天皇3名全員一般人が嫁がれているがこれも皇位継承者たる資格を事実上返上したものと見做されても致し方ないとの客観状態にあると思われるのか?
そうだろうか。世襲としての彼らに特権を許し、国民がそこに多額の血税を充当する理由は何であろうか。その立場上、日本国憲法所定の人権カタログのうちの一定部分につき、彼らが享受しえないとの対価だといってもよい。そこに国民は公人性を強く意識する。とくに現行法上、男系男子しか皇位継承資格のないとの事情下においては、その「縛り」は皇族女性とは比較になるまい。したがって、君がそのようにお考えになるのであれば、私と同じように天皇制廃止の立場に立ち、彼らをその封建的因習から解放せしめるしかあるまい。
一般論としてはそうだろう。だが、今回の騒動はどうだろうか。国民の多くは、両親や伯父、祖父、曾祖父と同様に、彼には学習院がふさわしいと考えていた証左であろう。すなわち、筑附や東大進学は、国民に対する納得性に乏しかったということだ。それでも、文仁氏とその周囲は中央突破を画策したものと思われる。しかし、それは国民統合の象徴たる立場が予定される皇位継承者の為すべき所為ではない。その意味で、この両親は「横紙破り」であったと言わざるを得ない。彼らによって蒙った天皇制に対する信頼感への毀損。その修復は、さほど簡単ではないはずだ。




































