アートの才能を伸ばす女子教育
ここ数十年で旧帝以外の地方国立の偏差値は大幅に下がったのでしょうか?
受験コンサルタントのホームページを見ていたら、ここ数十年で偏差値が大幅に低下した学校として、女子大や巣鴨・学附と並んで、旧帝以外の地方国立と書いてありました。
定員割れしている女子大、東大100人近くから数人レベルに落ちこんだ巣鴨や学附と並んで書かれるほど、地方国立の難易度は落ちているのでしょうか?
「地方叩きじゃない、問題提起だ」と逃げ口上を繰り返す、一部のエデュユーザーのような輩は、いつも自分だけは“冷静で客観的”な立場にいるつもりなのが痛々しい。
実際には、安全地帯から地方や国立大学を雑に切り捨てて、都合が悪くなると「正論だ」と開き直る。その態度が一番ダサい。
そもそも、国立大学の本質的な役割は“地元の若者の受け皿”なんかじゃない。
国家戦略の中核として、時代に対応できる人材を育てることにある。現に、地方国立大学ではデータサイエンスリテラシーの修了率が80%以上という数字もある。これはつまり、表に出にくいが「地に足のついた基礎教育」が真面目に行われている証拠だ。
一方、早稲田などの“イメージだけは華やかな私大”では、その修了率が10%台。つまり、口ではイノベーションだのDXだの言っていても、足元の教育力では地方国立にすら劣っている現実がある。
にもかかわらず、一部のエデュユーザーのような思考停止タイプは、偏差値や地理的イメージだけで「国立大はもういらない」「2〜3校に統廃合すればよい」などと語る。
見えていないのは地方ではなく、自身の視野の狭さと情報の乏しさのほうだ。
本当に“税金を投入する価値がある人材”を選ぶなら、まずこうしたDSリテラシー修了率のような具体的な指標で判断すべきであって、感情と妄想で語るタイプこそ最初にふるい落とされるべき存在だろう。
結局のところ、一部のエデュユーザーが言っているのは分析ではなく、自分の不満を「社会批評風」に言い換えただけの逃げの論法。
その卑怯な性根が、まさに今の“選別される側”の典型なのだ。
私の周りには地方国立大狙いで受からず1~2浪してる人が何人もいます。偏差値50台の地方国立大でも共通テストを一定程度取らないといけないので、ハードルが高いんだそうです。
近所の中高一貫は、10年前は東大に5人とか受かった事もあったのに、今では一人出たらいい方で、国立大学合格者率も10年前は60%以上あったのに、今では30%ほどしかない。
親世代のセンターと違って、共通テストで点数を取るのがかなり難しいということ。私立に行くしかない残念組が増えているのも頷ける。
地方の人間も首都圏に関心が無い人も多いよ、びっくりするほど。そして、
首都圏の私大に行かせられないのは地方が貧困だからだ、経済力での格差だ、だから東京に私大に行く金を惜しんでるんだ、と言っていると知って、そうしたら行かないよね東京の私大には。地元や関西の私大に行くんだよ、そうやって。
例えば、共通テストの受験率や国公立大の受験者数や入学者数で一都3県が地方圏の×0.4(10分の4)程度なのは、何が原因でしょうか?あれだけ中学受験が盛んで教育費が掛かる東京周辺は?個々の問題なんだ?ふーん































