今年入学した高1生が語る青春リアル
東大の基礎研究がショボすぎる、国の予算をほとんど独り占めしているのに
東大理一に進んだ者です。東大からノーベル賞が出にくいのは大学の理念というかシステムに問題があるからだろうと思います。所謂進学振り分けです。全教科の試験の平均点が高い順に志望学科への進学が可能になります。ですから語学や人文社会科学が苦手だと志望学科に進めません。つまり異能の持ち主がその分野に進めないケースが出てくるのです。数学や物理が凄まじくできてもそれだけではその学科に進めません。東大は自らそういう異能者たちを締め出しているのです。さらには受験で国語や社会までやらなければなりません。ほとんど時間の無駄。この仕組みがある限り東大からのノーベル賞受賞者は増えないと思います。
> こちらは構造の外で問いを創る側。
「問い」とか言っているようでは、君はまだソリューションの域を出ていない。イノベーションは「夢」から始まるんだよ。ありたい未来の姿を実現するためにみな研究する。米国が強いのはその姿を描けるからだ。
夢を描くだけなら子供でもできる。
問題は、その夢を現実の制約の中でどう立ち上げるかだ。
イノベーションは夢ではなく構造に宿る。
米国が強いのは、夢を語るからではなく、問を制度と資金と競争の仕組みに翻訳する力があるからだ。
つまり夢ではなく実装の体系が強い。
キミが言うありたい未来は、誰の視点から見た未来なのか。
そこを問わない限り、それはただの感傷だ。
問いを創る者だけが、夢を現実に変える。
ソリューションの外で構造を動かせる者だけが、時代を変える。
> キミが言うありたい未来は、誰の視点から見た未来なのか。
研究リーダーだよ。そこに思いがあるから、人や金や知恵が集まってくる。 そしてその未来に向けて、それぞれが課題を明確にして解決を図っていく。思いがなければいくら仕組みをいじったところで驚くものはできない。
基本的に東大はジェネラリストの大学。
スペシャリストを採るシステムは、推薦入試ぐらいしかないでしょう。
入学後もジェネラリストが強い大学であることは、それを大学が企図しているからと考えるべきです。
研究者であっても、スペシャリスト性が強い者と、ジェネラリスト性が強い者がいます。
東大は後者が多い大学と言えます。
それも、重要なことなんですよ。
スペシャリスト性が非常に強くて、優秀な研究をしていても、それが大きな結果を生み出せるとは限りません。
英語が苦手でもノーベル賞を取った益川教授のような例があると、マスメディアや大衆は快哉を叫ぶ(面白がるだけかも)のですが、その裏に、優れていても英語力や他の能力に問題があったために、世の中で認められなかった人材も少なくない事実もありますから。
スペシャリスト、ジェネラリストともに大事ですよ。研究以外でも、政治、経済の面などでもそうです。
極端な物言いをすると目立ちやすいのですが、いろいろな意味でバランスが取れていることも重要です。
東大型のジェネラリスト的特徴を持つ研究者、政治家、経営者なども、バランスを考えると、日本に必要な存在と考えた方がいいでしょう。
スレ主さんは、本当にフレッシュなのか、実は理一ではないのか、どちらかでしょうか。
東大生って、結構老成していて、文理を問わず若い頃からバランスのいい考え方をする方が多いので。
東大がジェネラリストの大学であるのは確かです。ただ、それは大学の理念というより、長い時間の中で積み重なった制度的慣性の結果でしょう。
官僚制や中央集権的な構造を支えるには、専門よりも調整と統合に長けた人材が必要だった。その機能を東大が担い続けたために、ジェネラリスト的な気質が自然に固定化された。
面白いのは、東大の「バランスの良さ」が時代によって評価軸を変えることです。戦後の復興期には合理性として機能し、平成には停滞の象徴とも言われた。しかし根は同じで、極端を嫌い、全体を見通す姿勢。
東大型のジェネラリストは、無個性ではなく「制度を意識した個」。その冷静さや慎重さが、今のような流動的な社会で再び価値を持ち始めているのかもしれません。




































