今年入学した高1生が語る青春リアル
東大の基礎研究がショボすぎる、国の予算をほとんど独り占めしているのに
東大理一に進んだ者です。東大からノーベル賞が出にくいのは大学の理念というかシステムに問題があるからだろうと思います。所謂進学振り分けです。全教科の試験の平均点が高い順に志望学科への進学が可能になります。ですから語学や人文社会科学が苦手だと志望学科に進めません。つまり異能の持ち主がその分野に進めないケースが出てくるのです。数学や物理が凄まじくできてもそれだけではその学科に進めません。東大は自らそういう異能者たちを締め出しているのです。さらには受験で国語や社会までやらなければなりません。ほとんど時間の無駄。この仕組みがある限り東大からのノーベル賞受賞者は増えないと思います。
東大合格を狙うには、受験指導が優れていて、かつ、中高一貫校で、6年間のカリキュラムを5年間で終え、高校3年生になったら、1年間、受験テクニックを身に着けるべく受験勉強に特化する進学校が、圧倒的に有利です
地方の公立高校は、まず、高校受験があるので、中学生時代に、内申書の点数を稼がないといけないから、英数国理社といった主要科目だけでなく、音楽、美術、体育、技術家庭の4科目についても、時間を割いて対応しないといけない
また、高校に進学後も、公立高校の場合、高校3年生の3学期まで、通常のカリキュラムを終えるべく授業が行われるから、受験勉強に特化した学習がしにくい
こういう不利な状況下であっても、地方の公立高校から、現役で東大や京大に合格できる学生がおり、こういった学生は、真に地頭が良い
ノーベル賞をとれるような研究をするには、地頭が良いことが必要条件です
な確かに東大や京大に現役で合格できる学生は、地方公立高校の不利な条件下でも結果を出している。
それはまさに、地頭の良さを示す指標でもある。しかし忘れてはいけないのは、東日本と西日本のノーベル賞分布の話だ。
受験テクニックや偏差値の高低は、短期的な試験成果には直結しても、長期的な創造性や科学的探究力とは別物だということ。
前述した通り、野山で試行錯誤しながら育つ経験や、正解のない世界で考える習慣は、持続的に問いを立て、実験と理論を往復する力を養う。東大現役合格の優秀な学生がいくら多くても、その背景が「短期的暗記・受験特化型」に偏るなら、ノーベル賞級の研究に必要な「深く長く考える力」は育ちにくい。
つまり、地頭の良さだけでは十分ではない。環境や経験、幼少期の自然体験といった「思考の土台」が、創造性や科学的発見力を決定づける。受験合格者=将来の研究者として成功するとは限らない。
今ノーベル賞を受賞されている先生方は、まだまだ今のような受験のトレンドがない時代でしょう。中学受験なんて今ほど主流じゃなかったと思います。東京や京都の大学に地方からいっぱい進学もしていました。今は圧倒的に東大も京大も地元の私立校が有力な進学経路でしょう。しかも、受験偏差値ゲームのようになってしまい、勉強したいことと進学理由とがミスマッチを起こしているようにも感じます。医学部がゲーム的に最強、のような。最終的には、どの地域の高校か関係なく、研究者がオモロいと思ったことを自由に研究するのを許す雰囲気の場所が大事なのかもしれません
進振りのために好きな分野に打ち込めない弊害は確かにある。
物理ばかりに打ち込んだあまりに物理学科に行けず退学してしまった柳田理科雄氏はその一例だろう。
一方で激しい競争がない理Ⅲ→医学部から傑出した研究者が出ていないので、進振りだけで説明するには無理がある。
理系でも入試に国語や社会が必要なのは、京大も一緒。
自分も研究職で同僚にも東大・京大卒が大勢いるが、東大卒の方が頭は切れるが中々成果が出ない時の見切りが早い印象がある。
京大卒の方が愚直に好きなことに進んでいる印象で、あまり器用ではない。
東大卒は賢すぎるのかもしれない。
とはいえ大勢の卒業生数から見れば、ノーベル賞受賞者数は東大卒だろうが京大卒だろうが外れ値ともいえる。
外れ値から全体を議論することには限界がありそうです。
となれば、私的に気になるのが、国家公務員総合職の中央省庁勤めの方々は東大が圧倒的に多いと聞きますが、その人たちの出身高校はどうなのか、ですね。
逆に地方公立出身は少なく、東京の私立や中高一貫の進学校が多いのではないかという予感がしています。
政治家も大事ですが、中央省庁の職員も大事だと思うんですよ、日本を良くしていくためには。
でも、もしそういうノーベル賞受賞者と逆な人達が日本の国の姿を作り上げているのだとすると、とても残念な話なんではないかと。
ある程度わかる
いくら地方の名門校でも、東京の有名受験校と比べると、東大や京大の入試においてはかなりハンディがある
そのハンディをもろともせずに入学できた人には地力があると言えるし、周りに流されずに独りで勉学に邁進できる人だと言える




































