今年入学した高1生が語る青春リアル
東大の基礎研究がショボすぎる、国の予算をほとんど独り占めしているのに
東大理一に進んだ者です。東大からノーベル賞が出にくいのは大学の理念というかシステムに問題があるからだろうと思います。所謂進学振り分けです。全教科の試験の平均点が高い順に志望学科への進学が可能になります。ですから語学や人文社会科学が苦手だと志望学科に進めません。つまり異能の持ち主がその分野に進めないケースが出てくるのです。数学や物理が凄まじくできてもそれだけではその学科に進めません。東大は自らそういう異能者たちを締め出しているのです。さらには受験で国語や社会までやらなければなりません。ほとんど時間の無駄。この仕組みがある限り東大からのノーベル賞受賞者は増えないと思います。
リアルはこんな感じです。アカデミアで正規職を得てそれなりにやっていこうとするなら、大学院時代から学会で成果を注目され正規ポストのスカウトが複数来るくらいのレベルが必要。
多くの博士課程修了者はポスドクになりますが、これはと思う人材はさっさと青田刈りです。
東大博士課程からアカデミア
27歳、博士課程を修了し博士号を得て、ポスドクに。年収300万、1年契約の臨時雇。
29歳、研究室のボスから次の転身先を探すように言われ、同一分野の他大学のポスドクに。新しいボスに、2年以内に正規職に就けないとアカデミアは厳しいといわれ、大学や国研の公募に片端から応募。大量のお祈りメールを受け取る。
31歳。ボスに泣きついて次のポスドクの口を紹介してもらい、何とかポスドクで食いつなぐ。年収は300万のまま。
34歳。どこにも行き先が無くなり、塾講バイトで食いつなぎながらハローワークへ。中小企業のセキュリティやシステム担当の職を得る。年収320万。
35歳。高卒の歳下先輩に怒鳴られ、システムのみならずコピー取りや掃除など雑用までやらされる毎日。夜10時半に帰宅しようとすると「トイレがきたねーまま帰るのか。テメーなめてんのか」と高卒先輩に詰められ、終電まで掃除。
35歳。心身に不調をきたして退職。その後の消息はだれも知らず。
医学部
24歳。医師免許取得後、研修医に。大学病院の給与が360万とあまりにも安いので市中病院で研修。年収500万、ただし週に一回は当直。労働時間短縮が指示されているので、平均すると8時くらいには病院を出られる。
26歳。臨床研修を修了し専攻医に。研修プログラムの充実ぶりや関連病院の多さから母校の医局に。週に5日は大学病院。1日か2日は当直。これに加え、1日は外病院で外勤。年収800万。
29歳。専門医資格を取得し引き続き大学病院勤務。大学助教もやらされ、安全委とか倫理委なんかの雑用や学生実習の指導が加わり激忙に。加えて教授からは科研費申請を厳命され国際会議発表も厳命されダレカタスケテクレ状態に。
年収900万。
32歳。関連病院の医長に転出。教授からは研究の継続を厳命され、病院幹部からは収支管理や看護師技師らの勤怠管理の厳格化を指示され、タスケテクレタスケテクレ状態に。年収は1400万に。
同年、医局後輩の女医と結婚。お茶の水にマンションを借りて住む。
35歳。迷いに迷た末、目黒に土地を購入し家を建てる。当時に妻が妊娠し軽減勤務に。ローン返済もあり馬車馬状態継続。年収は1700万。妻の分を合わせると2500万で、何とかやっていけるギリギリ。
東大修士卒、今50代。高校から首都圏私立。大学入学当時の状況を思いだすと、
①中学から一貫でガリガリやるところはほとんどなかった。あったにせよ実績をあげていなかった。麻布や武蔵は当時から有名だったが、詰め込みとはほど遠い。
②野山に触れるなんてどこに住もうが当たり前。
ノーベル賞受賞者の時代はなおのことでしょう。
だから、中受からの詰め込み云々が良くない…というのは事実でなく、願望。
ただし、首都圏の人は、凄い才能を目の当たりにする機会が多いのと、大企業にアクセスしやすいので、ある意味合理的な選択をするのかも。
いみじくも運鈍根と受賞者たちが言ってるように、周りのことが見えない位でないといけないのかも。
老眼、移動中なんでね、誤字脱字お詫びします。
でね、東大でも、あらゆる障害を乗り越えてきた地方公立出身者が力強いのは事実かな。勉強することは悪、みたいな価値観の中のサバイバルは大変だっただろうと思います。
しかし、東京の上位進学校がガリガリと受験対策ばかりやっている、というのは誤り。むしろ、アクティブラーニングという言葉が知られていない時代から高度なアクティブラーニングでした。国立には先取りも無いしね。
昔、今東光和尚が日本の教育は全教科80点主義の金太郎飴製造工場だと揶揄したことが有りましたが、日本が高度成長期で大量生産大量消費の時代は良かったですが多品種少量生産の時代になり機能しにくくなり現在に至っている。失われた30年とも符合する。今後の教育はAIによる家庭学習が主流になり学校は専らスポーツの団体競技やグループによる課題解決をやらせる等の場になるのではと思います。そうなると学歴や出身校はあまり関係なく成りますね。
人間の能力には色々な種類がある。①答えのない問題にチャレンジして自分なりの回答を見つける能力、②問題が何かを見つける能力、③答えのある問題を的確に素早く解く能力、全部ある人もいればどれか一つは優れているが他はイマイチの人もいる。東大に入学する学力のある人は間違いなく⓷は優れている。①②については試されていないからわからない。人によってはあるかも知れないので決めつける事ではないと思う。
東大に合格するぐらいの人達は、言われなくても分かっているだろう。
受験勉強という答えが最初からある問題を解くことが如何に簡単か。そして新たな理論を構築したり、発明をすることが如何に難しいか。ただ勘違いしてはいけないのは、東大以外の人達にとってもこれは同じ事。東大生が発想力、発見力に劣っている訳では無く、むしろ他の人達に比べれば高い比率でそのような力は持っていると思う。東大生は実社会では使えない?実社会で能力を発揮するためには、コミュニケーションの経験の蓄積が必要。頭が良くても、経験が無ければ能力を発揮出来ないのは当たり前。しかし、これは東大生以外も同じこと。
能力の話ではない。
あなたが述べる「東大生も他と同じ」「経験が足りないだけ」という理解は、事実として正しく見えて、構造としては誤っている。東大という制度の中で育つ知の在り方自体が、そもそも“経験”の定義を限定している。すなわち、知識を体系内で最適化する訓練は受けていても、体系そのものを再設計する経験を制度的に奪われている。それが日本型エリート教育の核心的欠陥だ。
探究教育が制度化された瞬間に探究でなくなるのと同じように、「優秀」という言葉が保証するのはあくまで精度の高い模倣能力であって、創発的な無秩序への耐性ではない。言われなくても分かる。。。それが問題なのだ。分かっている者ほど、自分の思考の枠を疑わない。
あなたは「発想力・発見力に劣っているわけではない」と書いた。しかし、問題は比較の次元にない。優劣ではなく、構造の位相が異なるのだ。日本の教育は、発見を「論文的に再現可能な行為」として定義してきた。その枠内での「発見力」は、すでに制度の言語で翻訳されている時点で、独創性ではなく最適解の延長線にある。
橋本武が『銀の匙』だけで三年間を費やしたとき、そこにあったのは「優れた授業設計」ではなく、制度外の実験だった。あの脱線の連続こそが、知を生む土壌の無秩序であり、探究の本質だった。東大の知が社会で鈍るのは、学問の構造があまりに整いすぎているからだ。整いすぎた構造は、摩擦を生まない。摩擦のない知は、熱を持たない。
「実社会では経験が必要」と言うが、その“経験”とは何か。企業での協働? 海外留学? それらもまた、制度が与える“安全な経験”に過ぎない。真に人を変える経験とは、保証も枠組みもない場所に自ら踏み出すことだ。セールスフォースのCMが言うように
“Rather than being in a crowd without reason, become isolated with a reason.”
孤立を恐れ、共感に溺れ、調和に安住する社会では、経験は循環し、進化しない。あなたの言う「東大生も他も同じ」という均質化の視点こそが、まさにこの国の病理そのものだ。
教育の本質は、風を待つことではなく、自ら風を起こすこと。
言われなくても分かる人間が、あえて分からないものへ手を伸ばす。そこからしか、新しい地図は描けない。




































