今年入学した高1生が語る青春リアル
旧帝かマーチ
ちなみに東大に入れる実力はありません。
偏差値的には、地方旧帝かマーチなら入れそうです。
早慶は下位学部なら狙えますが、志望学部は無理です。
正直地方の生活は想像できず、まだ大阪ぐらいならとも思うのですが、関西弁がキツすぎて、マーチかなと思っています。
その見方は、因果関係を取り違えています。
ノーベル賞受賞者に私大卒がいないのは、日本が国立至上主義だからというより、基礎研究の資金、人員、設備が長年ほぼ国立に集中配分されてきた結果です。成果が出る場所に人が集まり、人が集まる場所に成果が出る。その循環の話であって、入り口の学歴優劣を直接示す指標ではありません。
アメリカが私立中心に見えるのも同じ構造です。ハーバードやスタンフォードは私立ですが、国家予算級の研究費と人材が流れ込み、実態としては準国立研究機関のように機能している。日本の私大は、その役割を制度的に担ってこなかったし、担わせてもこなかった。
早慶3教科、国立5〜7教科という話も、能力の多寡というより選抜設計の違いです。国立入試は広く薄く測る設計、私大入試は狭く深く測る設計。その差が思考の幅に影響する局面はありますが、それをもって恒常的な上下関係と断じるのは雑すぎる。
結局、日本は国立が優秀だから成果が出たのではなく、成果を出す場所として国立を選び続けてきた国です。その構造を前提にせず、ノーベル賞の人数だけで大学序列を語るのは、議論としてはかなり粗いと思います。
①「国立至上主義ではなく資源配分の結果」と言うが、その資源配分自体が国家としての国立重視の制度選択であり、因果を切り離しているのは詭弁。
②米私立を「準国立」と呼ぶなら、日本私大が同等の研究制度を持たない事実こそが私大の構造的弱さ。
③入試設計(広く薄く/狭く深く)に議論を矮小化しているが、研究成果・国際的評価・ノーベル賞という実証結果は、その選抜と教育・研究環境が長期的に機能した証拠であり、単なる設計差では説明しきれない。
④「上下関係と断じるのは雑」と言いながら、成果が一貫して国立側に偏在している事実への説明は回避している。
⑤結論を先に置き、説明を後付けする典型的な循環論法。
こんな感じですよ。
旧帝+α
北海道→行かない
東北→理系なら行く、文系なら行かない
名古屋→理系なら行く、文系なら行かない
大阪→行く
神戸→行く
九州→行かない
明治→行かない
青学→受けない
立教→受けない
中央→法なら考える、後は受けない
法政→行かない
阪大、神戸大、東北名大理系ならまだいいけど、あとはどこも嫌です。
九大に人気がないのは興味深いです。ところで、毎年、国公立医学部合格高校をみていますが、岡山大学には、トップは地元校ですが、中国・四国から幅広く進学していますね。この点で御知見がありましたら、どうかお示し下さい。




































