今年入学した高1生が語る青春リアル
【現実と】ノー勉でも6割以上取れる共テが本日開催されます【虚構】
9割 東大医学部レベル=早慶
8割 地方旧帝レベル= MARCH
7割 上位駅弁レベル=日東駒専
6割 下位駅弁レベル=大東亜帝国
> それならデータを出して下さいね。
データなんかなくても確率論から簡単に導き出せるでしょ。複数回機会を設けるほど、どれか一つに合格する確率が高くなるのだから。
それに工学系は多くは、高校の数3Cと物理を土台にして学問を進めるのに、数3Cと物理を選択する女子が少ないからいって優遇するのは本末転倒だね。
女子枠なんかを設けるより、高校で理数科目から逃げられないようにするほうが、ずっと工学系へ進む女子を増やすことができる。
東京圏の女子ではどうかと聞いてますよね。
東京圏の20%と高い中学受験をした結果で、高校で物理や数学をやっているんでしょうか?それがどうも、やっていないらしい。
近畿東海を含んだ地方圏のほうが女子も高校受験でも大学受験でも数学も物理を含んだ理科科目から逃れられません。
まずこの投稿、ぱっと見は「データを理解している理性的な反論」に見えるようで、実際にやっていることは論点のすり替えフルコースです。
① 1:1幻想という藁人形
「全ての学科は男女比1:1になるべき、という思い込みからでしょう?」
誰もそんな主張していない。
女子枠擁護側が言っているのは
「出願行動・進路選択に構造的偏りがある」
という話であって、
「結果を1:1に揃えろ」ではない。
いきなり極端な主張を捏造して殴る。
議論ではなく藁人形プロレスです。
② 「学力は同等」→だから女子枠不要、という飛躍
「理数系の学力は男女同等とデータで示されています」
はい、だからこそ入口補正が議論になるんですよ。
学力が同等なのに、
出願
専願選択
地域要因
社会的期待
で進路が偏る。
ここを無視して
「学力は同等 → 枠は不要」
は、前提と結論が噛み合っていない。
論理が途中で行方不明。
③ 北欧研究の雑な引用
「女子は元々興味がない学問だと北欧の研究で示されています」
来ました、便利な“北欧の研究”。
具体的な論文名も条件も示さず、
制度
文化
教育過程
を丸ごと無視して
「興味がないから選ばない」
と断定。
これは分析ではなく、
思考停止を学術っぽく装っただけ。
◆ポイント◆
④ 「女子枠があっても進むロジックがない」
ここが一番の見どころ。
「女子枠が出来ると進む人が多くなるロジックがありません」
進学行動が
合格可能性
リスク
期待値
で変わる、という入試の基本構造を全否定。
なのに同じ口で「地域支援として月1万出すなら理解できる」インセンティブは行動を変えると、
自分で認めてしまっている。
つまり
金銭インセンティブ → 効果あり
合格機会インセンティブ → 効果なし
という、超ご都合主義ロジック。
「大学の役割ではない」という万能免罪符
「それは大学がケアすべき問題ではありません」
困ったらこれ。
制度の話になると
役割論に逃げる。
制度設計の是非 → 役割論
データの検証 → 価値観
公平性の定義 → 感情
議論を成立させないための
話題転換スイッチです。
総評(嘲笑込み)
この投稿、
データを出した“つもり”
論理を組んだ“気分”
公平を語った“顔”
は揃っているのに、
制度・行動・因果のどれも理解していない。
結局やっているのは
「私は女子枠が嫌いです」
を
「理性的反論です」
という包装紙で包んだだけ。
この自己満足と論理破綻の落差、
本当に毎回エンタメ性だけは高いですね。
「投稿者:保護者「」の主張は、一見データや公平性を語っているようで、実態は制度理解の欠如と感情論の混在でしかない。
「学力は男女同等」「女子は興味がない」という主張は、入口段階で生じている出願行動や合格機会の偏りという制度問題を意図的に無視している。
学力が同等で結果が偏るなら、機会設計を疑うのが論理の基本だが、それを放棄している。
また「女子枠で行動が変わるロジックがない」としながら、金銭支援なら理解できると述べるのは、インセンティブが行動を変えることを自ら認めた自己矛盾である。
議論が不利になると「大学の役割論」へ逃げ、制度設計の是非から論点を逸らす姿勢も一貫している。
結局これは公平性の議論ではなく、「気に入らない制度」を理屈で装った感情的否定に過ぎず、制度論として成立していない。
女子だから思っている通りに行動できないの~。
だから特別枠で手を差し伸べて貰えないと動けないの~。
というのが問題なら大学に入っても女子でいる限りその行動パターンに支配されるということかな?
要らないよ、そんな人。
一部の教育関連のおじさんたちにウケてるんじゃない?教育格差のあった時代の方かもね。
問題点ははっきりしています。
これは討論として破綻しているやり取りです。
感情の強さではなく、論理構造の崩壊が致命的。
① 論点すり替え(制度論 → 人格論)
最初の投稿は一貫して
「制度設計(出願・選抜・機会の偏り)」
を論じています。
しかし「投稿者:保護者」の返信は、途中から完全にこれに変わっています。
↓
「女子は行動できない人」
「そんな人は要らない」
「囲われもの」
「本人の意識の問題」
※ポイント
制度の是非ではなく、想像上の人物像への人格攻撃
これは議論ではなく、レッテル貼りです。
② ストローマン論法(藁人形叩き)
「投稿者:保護者」はこう言っています:
「女子だから思っている通りに行動できないの~」
しかし、
誰もそんな主張をしていません。
元の主張は:学力は同等
↓
それでも出願結果に偏りがある
↓
ならば制度側の設計を検証すべき
※ポイント
これを「女子は自力で動けない」
に変形して叩くのは、典型的なストローマン論法です。




































