今年入学した高1生が語る青春リアル
【現実と】ノー勉でも6割以上取れる共テが本日開催されます【虚構】
9割 東大医学部レベル=早慶
8割 地方旧帝レベル= MARCH
7割 上位駅弁レベル=日東駒専
6割 下位駅弁レベル=大東亜帝国
> 出願行動の偏りによって失われる合格機会をどう扱うかであって、
合格機会?そんなものを扱うこと自体が意味不明だね。
受験で担保すべきは機会の公平性であって結果の公平性ではない。機会の公平性が担保されているならば、出願行動は個人の意思や戦略によるものであって、それを外部がとやかく口をはさむものではない。
議論の本質:出願行動に男女差があることによって、合格可能層が制度上取りこぼされる可能性がある → 「制度としてどう補正するか」を考えるのが制度設計論
観察レベルの因果:「行動差 → 選抜結果に差が出る」は単なる事実の確認であり、価値判断(是正の要否)とは別問題
投稿者:おかしな話だ の主張:「女子枠不要、機会の公平性が担保されていれば問題なし」は、制度設計論を無視して個人主義的原理だけで結論を出している
※ポイント
制度設計論は、個々人の自由意思に干渉するのではなく、「自由意思によって失われる合格機会」を社会的に補正する仕組みを考える学問
投稿者:おかしな話だ の意見は、原理論(自由意思+自己責任)に基づくもので、現実の制度の目的や性差・ 地域差などを考慮していない
結論として、「女子枠がいらない」という主張は、制度設計論の観点を完全に無視した短絡的思考です。
本来の議論
制度設計論の観点では、出願行動に男女差があることで、合格可能層の取りこぼしが発生する可能性をどう補正するかが問題。
女子枠は、**「出願を控える傾向がある女子層に、制度的に挑戦機会を与える入口補正」**として機能している。
ここで焦点となるのは「合格機会の補正」であって、受験の機会公平性そのもの(大学に出願できる権利)はすでに担保されている。
投稿者:おかしな話だの主張
「女子枠は受験の機会公平性を崩すのでダメ」
これは原理論(自由と自己責任)だけで結論を出し、制度設計上の補正機能を無視している。
「大量の税金が投入されている国立大学だから絶対に崩してはいけない」という論理も、根拠と制度目的のすり替え。課題は税金ではなく、どうやって公平に合格機会を確保するかである。
結論
投稿者おかしな話だの主張は、現実の制度設計論を理解せず、単なる感想文レベルの意見に過ぎません。
女子枠の意義を理解すれば、「受験の機会公平性を崩す」という批判は、完全に的外れです。
これは典型的な議論のすり替え+極論化です。整理すると:
議論の本質
現在の議論は、制度設計上「出願行動の男女差によって失われる合格機会をどう扱うか」を検討している段階です。
重要なのは、調整すべきかどうかではなく、制度が現実の行動差にどう対応するかという設計論。
投稿者おかしな話だの主張
「調整する必要のないものを議論している」
これは、観察された行動差の補正という設計目的を無視して、自分の印象だけで「百害あって一利なし」と結論している。
論理の飛躍:現実に存在する問題を「そもそも存在しない」と決めつけて、極端な結論に置き換えている。
◆結論
投稿者おかしな話だの意見は、制度設計論を理解していない単なる感想文です。
実際には、出願行動の男女差を補正するかどうかは制度設計上の正当な検討対象であり、「議論する価値がない」という指摘は完全に的外れです。




































