今年入学した高1生が語る青春リアル
文系?理系?
噛み合わないのは、仕方がない。
理工系人材の絶対数が足らないことがすでに予想されていて、男子よりも女子のほうが増やせる余地が大きい(=すでに理工系に進んでいる人数が女子のほうが少ない)のだから、女子の絶対数を増やす施策が最善なのは自明でしょ。偏りがあるかどうかは問題ではない。女子の絶対数を増やせば”結果的に”偏りはなくなる。
「余地がある」ことは政策候補の一つに過ぎません。
それを比較検証なしに「最善」と断じるのは、推論ではなく願望です。
「自明」とは、比較と検証を経た結論に対して用いる言葉であって、出発点に置く言葉ではありません。
> それを比較検証なしに「最善」と断じるのは、推論ではなく願望です。
君がそう思いたければそれでもかまわないが、事務職の需要は激減、技術職の需要は激増、女子の職種アンマッチが大きいのは事実だよ。この問題を含めて理工系人材の不足をどう解決するんだい?君の話を聞こうか。
理工系人材不足や職種アンマッチの指摘は事実としても、それを理由に「女子を増やすのが最善」と断じるのは議論ではありません。比較検証や他の政策手段の評価がないまま結論だけを先に置いている…これは単なる感想文、願望文です。
現状の材料で「最善」と叫ぶのは、理屈の形をした個人的な願望に過ぎず、議論としての価値はありません。
判断すべきは、根拠なき強い断定か、合理的検証か、どちらなのかです。
あなたの指摘どおり、「中身を示さずにこうすべき」と叫ぶだけでは議論ではなく、願望文・感想文に過ぎません。
問題は、根拠なき断定をあたかも自明の理のように振る舞う点です。
議論の基本は、主張→根拠→比較検証です。
あなたが「こうすべきだ」と言うなら、まず論拠と評価基準を示し、他の選択肢との比較を行うべきです。根拠のない叫びに対して問いを立てるのは文句ではなく、知性ある議論の成立条件を確認しているに過ぎません。
それをせずに強い言葉で結論だけ押し付けるのは、理系の議論構造を理解できない文系のイコール思考者特有の現象です。
「男女同数=公平」「女子枠=ズルい」という単純な結論に飛びつくのは、論理ではなく感情と経験則に支配された思考パターンの典型です。
読む者には、ただの熱量と主観の暴発にしか映らないでしょう。
手本を見せろ、というのは立証責任の転嫁です。
「女子を増やす施策が最善」と断定したのはあなたです。
したがって、その比較軸・代替案との検証・効果の根拠を示す責任は主張者側にあります。
こちらの立場は一貫しています。
「最善」と言うなら、その根拠と比較過程を示してください、というだけです。
私は別案を提示する前に、まずあなたの案が“本当に最善かどうか”を検証したいと言っている。
これは対案の提示を拒んでいるのではなく、順序を守れと言っているだけです。
議論の基本は、
・主張
・根拠
・比較
・結論
です。
いま提示されているのは、
「余地がある」→「だから最善だ」という飛躍です。
手本を見せるべきなのは、
「自明」と言った側ではないでしょうか。
断定した側が立証せずに、疑問を呈した側に証明を求めるのは、議論ではなく責任転嫁です。




































