今年入学した高1生が語る青春リアル
文系?理系?
噛み合わないのは、仕方がない。
>投稿者:おかしな話だ
理工系人材の絶対数が足らないことがすでに予想されていて、男子よりも女子のほうが増やせる余地が大きい(=すでに理工系に進んでいる人数が女子のほうが少ない)のだから、女子の絶対数を増やす施策が最善なのは自明でしょ。偏りがあるかどうかは問題ではない。女子の絶対数を増やせば”結果的に”偏りはなくなる。
>投稿者:何が言いたいの?
「余地がある」ことは政策候補の一つに過ぎません。それを比較検証なしに「最善」と断じるのは、推論ではなく願望です。「自明」とは、比較と検証を経た結論に対して用いる言葉であって、出発点に置く言葉ではありません
論理展開ができないのではなく、あなたの論理展開の“抜け”を指摘しています。
あなたの構造はこうです。
①理工系人材は不足する
②女子のほうが増やす余地が大きい
③だから女子を増やすのが最善
しかし②から③への接続に、比較がありません。
「余地がある」は“候補になる理由”であって、“最善である証明”ではありません。
・男子側の流入拡大策との比較は?
・既存人材の再教育との比較は?
・労働条件改善との比較は?
・離職率低下策との比較は?
これらを検討せずに「自明」と言うから、そこを問うています。
主張→根拠→比較→結論の形が必要だと言っているのは私です。
今それが不足しているのは、私ではなくあなたの主張です。
能力の話ではありません。
論理の接続部分を示せるかどうか、それだけの話です。
「余地がある」は可能性であって、最善の証明ではありません。
> ・男子側の流入拡大策との比較は?
> ・既存人材の再教育との比較は?
> ・労働条件改善との比較は?
>・離職率低下策との比較は?
上記の比較は君にお任せするよ。より良い手段があったら教えてくれ。そこまで暇ではないんでね。
比較をこちらに「お任せする」というのは、最善と断定した立場としては整合的ではありません。
「最善」と言う以上、他の手段より優れていると判断した根拠があるはずです。
その比較を示すのが主張者の責任です。
より良い手段があるかどうかを探すことと、
あなたの主張が最善かどうかを証明することは別問題です。
私は「女子を増やすな」と言っているのではなく、「最善と言うなら比較を示してください」と言っているだけです
。
暇があるかどうかは関係ありません。
断定するなら立証する。
立証しないなら「有力な選択肢の一つ」と言えばよい。
今の状態は、検証を他人に委ねたまま「最善」とだけ言っている状態です。
それでは結論が先にあり、根拠が後回しになっていると言わざるを得ません。
「最善」と言い切る覚悟はあるのに、比較の責任は負わない。
それは議論ではなく、強い言葉で飾っただけの思い込み感想文です。
> 「最善」と言う以上、他の手段より優れていると判断した根拠があるはずです。
あるけど君にすべてを説明しなければならない必然はないね。何度も言うが、君に説明したところで私には何のメリットもない。君をすっきりさせることが私の仕事ではない。
知りたいだけの教えてくれくれの君とはこれでおしまいにするよ。
説明する義務がないという立場は理解します。
ただ、それなら「最善」「自明」といった強い断定も成立しません。
議論とは、
主張を出す自由と、
その根拠を問われる可能性がセットになった営みです。
説明しない自由はあります。
しかし同時に、説明されない主張が検証不能になるのも事実です。
私は「教えてくれ」と頼んでいるのではなく、
あなた自身が置いた結論の根拠を確認しているだけです。
提示しないなら、それはそれで構いません。
その場合、残るのは「示されない根拠に基づく断定」という状態だけです。
議論を終える選択も自由です。
ただし、未提示の論拠は、存在を主張した時点で説得力を持つわけではありません。
示さない根拠は、ない根拠と区別がつきません。
> 議論とは、主張を出す自由と、その根拠を問われる可能性がセットになった営みです。
ちなみに、AIの回答は下記のとおり
「議論とは、あるテーマについて複数の人がそれぞれの意見を述べ合い、理由や根拠を示しながら論じ合うことです。目的は相手を打ち負かすことではなく、多様な視点から問題を深く理解し、より良い結論や解決策を見つけ出す「建設的な話し合い」を指します。」
つまり議論は他人の意見の一方的に批判することではないのだよ。自分の意見を出してこそ初めて議論になる。




































