女子美の中高大連携授業
男子は、一般枠(男女共通枠)で。
>名古屋大学HPより
令和7年度 学校推薦型選抜
電気電子情報工学科 共テ平均得点率 80.38%
募集人数 12名(一般枠6名、女子枠6名)
化学生命工学科 共テ平均得点率 80.42%
募集人数 14名(一般枠7名、女子枠7名)
他スレの大騒ぎに、単純な疑問ですが…
男子は、一般枠(男女共通枠)で合格すれぱいいだけの話ですよね。
> 問題にしているのは、複数の企業が制度として“女子限定支援”を設計している合理性です。
それもないですね。複数の企業といっても、それぞれが支援する背景や目的が異なるからです。複数の企業が団体を作って統一的な考えの下で支援しているのならともかく、現状は個々の企業の個別の活動です。
◆投稿者ポン吉の主張の構造
①投稿者ポン吉の言いたいことは整理するとこうです。
・企業にとって女性購買力は重要
・それを取り逃がすのは死活問題
・だから女性支援は企業戦略として合理的
ここまでは一応、論理の形をしています。
② しかし論点がずれている
論点:
なぜ「理系女子限定」という形式なのか
投稿者ポン吉の説明は:
女性市場は重要だ
これは
女性市場の重要性の説明
であって
限定型制度の必然性の説明
ではありません。
③ 論理の飛躍(ここがイコール思考)
投稿者ポン吉の推論は実質こうなっています。
女性市場が重要=女子限定奨学金は合理的
しかし本来は間に説明が必要です。
例えば:
なぜ“女性一般支援”ではなく理系限定なのか
なぜ“男女混合型”ではなく排他的形式なのか
なぜマーケ戦略が「性別限定選抜」という制度形式に直結するのか
この媒介論理が提示されていません。
重要性 → 限定型の必然性
が無説明で直結している。
これが「イコール思考」です。
④ 矛盾点
投稿者ポン吉は、私文脳の特徴を
単純思考と断定しての思考停止
と言っていますが、
実際には
「女性市場が重要」
という単一要因で
「女子限定奨学金の合理性」全体を説明しようとしている。
これは説明の単純化そのものです。
> 「是正目的ではない」と言いながら構造的不利・偏在・希少性を前提にしている現実の説明です。
偏在や希少性は事実ですが、構造的不利はあなたと一部の人が勝手に前提にしているだけなので回答のしようがありません。
なるほど、「企業ごとに事情が違う」?
ふーん、それならなんで偶然にもみんな女子限定なんですかね?
男女混合型や全学生型で十分成立するはずなのに、わざわざ女子だけを選ぶのはなぜ?
「個別事情だから」で終わらせるのは、言ってみれば説明放棄です。
いや、これじゃ議論にならないです。
もしこの偶然の一致に意味があるなら、制度設計上の合理的理由をきちんと示してください。
それとも「なんとなく女子枠にしたら流行ったから」って答えですか?
◆投稿者初耳の主張の構造
・企業ごとに背景や目的は異なる
・統一団体ではない
・だから共通合理性を問うのは不適切
一見もっともらしいですが、論理がすり替わっています。
どこがズレているか
論点:
なぜ複数企業に“女子限定型”という形式が繰り返し現れるのか
これは
「統一団体かどうか」を聞いているのではありません。
統一団体でなくても、
・同じ形式が複数に現れる
・同じ設計傾向が繰り返される
ならば、そこに何らかの合理性や共通構造があるはずだ、という問いです。
投稿者初耳の論理の問題点
「個別だから共通理由はない」
これは成立しません。
例を出すと、
・複数企業が脱炭素目標を掲げる
・複数企業がDX人材育成を始める
これを
「個別だから共通合理性はない」
とは言いません。
個別でも、環境・規制・市場構造という共通背景が存在します。
つまり、
個別活動であること=構造的合理性が存在しない
にはなりません。
ここが論理の飛躍です。
> ①なぜ企業は女子限定支援を採用するのか
> ②なぜ男女混合型ではなく限定型なのか
無理して挙げるなら、客寄せパンダじゃないですか。内情や実態は違ったとしても、女子を応援する企業だというイメージを世間に植え付けることができますからね。そうすれば優秀な女子が入社するようになり、業績を伸ばすことができます。今は優秀な人材の取り合いですから、男子が難しければ女子をというのは自然な流れです。
投稿者初耳の共通項
どちらも個人・個別視点での説明に依拠している点です。
・「頑張っているから女子枠奨学金を作った」
→ 個人の善意や感情(“頑張っている人を応援したい”)に基づく説明
・「複数の企業といっても、それぞれが支援する背景や目的が異なる」
→ 個々の企業の裁量や事情(“各社ごとの個別判断”)に基づく説明
ポイント:
どちらも制度設計や合理性の説明ではないという点で共通しています。
制度として「なぜ女子限定なのか」「なぜ男女混合ではなく排他的形式なのか」という問いには答えていません。
感情や個別の事情を理由にしているだけで、制度としての共通原理や合理性を説明できていない。
つまり、両方とも個別の感覚や裁量で全体の制度設計を説明しようとする「イコール思考」の典型です。




































