アートの才能を伸ばす女子教育
名門高校生が東大を目指さなく医学部、早慶、海外大へ 2番手校から一橋東科大へ 新学部開設は対抗策?
トップ層ほど東大を志願しなくなっているようです。特に医学部志望が増加。
桜蔭高校をはじめとする女子校は、その傾向がかなり強い。
「将来どう生きるか」「人生の途中で何があっても戻れるか」という視点で、進路を見ているので「東大に行くかどうか」よりも、「資格を持てるかどうか」「手に職が残るかどうか」を重視するようになってきている。よって医学部志望が増えているようです。
東大というブランドの凋落と同時に「慶應のほうが良くない?」という空気感があるようです。
最近のトレンドは「コスパ」「タイパ」重視。社長も早慶など私立大出身者が非常に多い。
東大ってちょっと古臭いという印象が難関高校の学生の間で広がっているとか。
海外大学との併願問題 海外大との併願を考えると、東大入試はあまりにも負荷が大きい。問題がシンプルに難しくなりすぎている。
求められる準備量に対して、得られるリターンが見えにくい。合理的に考えた結果でしょうか?
2番手校からの進路として、一橋や東京科学大を最初から狙うケースも増加。「東大を受けて、ダメなら早慶」ではなく、「最初から一橋・東工大でいい」という感覚になっている気ようです。
時代が変わり、価値判断の軸が変わった結果なんでしょうか?
東大もなぜ行くのかを語れる大学になる必要があるのでしょうか?
新学部開設はそういった時代の流れからきているのでしょうか?
随分と綺麗に整えた成功者名鑑ですね 笑
ただ、それを並べて「入省時点で保証」と言い切るのは雑。
提示されているのは生存者バイアスの塊で、表に出てこない多数の分岐や停滞が丸ごと抜け落ちている。
官僚組織の出世は単純な能力序列ではなく、配属、上司との相性、政策テーマの当たり外れ、政治との距離感といった複合要因で決まる。
財務省のような中枢ほどその影響は強い。同じ期でも、主計・主税・国際といった配属の違いでキャリアの軌道は大きく変わる。
さらに言えば、ここに挙がっているその後のポストも、純粋な実力評価だけで説明できるものではない。
制度としての人事ローテーションと外部ポストの受け皿がある以上、保証というより構造の中での分配に近い。
要するに、「すごいか、ややすごいかの差」という単純な話ではない。
どのルートに乗るか、そのルートがどの時代にどう評価されるか、その不確実性ごと含めてのキャリアです。そこを切り落としてハズレなしと語るのは、現実の解像度としてはかなり粗いと言わざるを得ない。
ウィキの26人は途中退職も含めた全員であって、生存者バイアスはない。消息不明はいない様子であるに加えて、トップの財務次官2人や次官級2人を差し置いて氷見野元金融庁長官が日銀副総裁で、他にも世銀副総裁や最高クラスのポジションに平均的出世でも就いていることが分かる。
話をすり替えていますね。
「26人は全員把握できているから生存者バイアスはない」。。。それ、母集団の網羅性の話であって、評価の偏りの話とは別です。誰が載っているかではなく、「どの指標で成功とみなしているか」がバイアスの本体。
挙げているのは次官や国際機関など上振れの肩書きばかり。
逆に、要職に届かなかった経路、横滑り、停滞といった分布の下側は一切語られていない。全員の名前が分かっていても、成果の定義を上位ポストに限定した時点で、結論は最初から決まっている。
更に言えば、外部ポストは制度的な受け皿とネットワークで配分される面が大きい。「平均的出世でも最高クラスに就く」というより、「そのクラスの椅子が用意されている構造に乗るかどうか」。ここを能力の単純比較に還元しているのが雑。
要するに。
データの有無ではなく読み方の問題です。
全員リストを見せながら、上位事例だけを抽出してハズレなし!と結論づける。これをバイアスと言わずして何と言うのか、という話ですね 笑
26 人中、次官級が5人いて、局長級が10人以上いて、次官級は甲乙付けがたいが、日銀副総裁が一番キラキラしてるかな(財務本省の次官ではない)。
局長級で日本郵政副社長とかSBIとかの会長とかやって、これまた甲乙付け難いのだから、キミがケチつけようとしてもムダ。
地方出先で退職でも墓場まで保証してるのが財務省のすごいところなんだよ。
数字の見せ方で結論を作っているだけですね。
「次官級5人、局長級10人以上」、その時点で上位ポストを基準に再分類している。母集団26人の中でどこにピークがあるのか、中央値はどこか、分散はどうか、その基本を全部飛ばして上の肩書きだけで評価している時点で分析になっていない。
さらに、そのポスト自体が制度的に用意されているという前提も無視している。財務省のキャリアは、一定のレンジまではローテーションと受け皿で吸収される構造。だから「局長級に多く到達する」のは能力の上振れというより、設計された分布に近い。そこを全員すごいに変換するのは論理の飛躍。
「地方出先でも墓場まで保証」も同じで、それは優秀さの証明ではなく、巨大組織の人事運用の話。安定した配置と突出した成果は別物です。
結局やっているのは、上位の肩書きを並べてキラキラを強調し、構造と分布を消しているだけ。データを出しているようで、実際には結論ありきの切り取りですよ。
あと。語っているあなたの属性は?
そう言ってるんだよ?
何に反論しとるんだ?
1983年組が特別と思うかもしらんが、2つ下の1985年組も次官1人、国税庁長官2人、財務官1人、金融庁長官1人、金融国際審議官1人、環境次官1人と次官級だけで25人中7人か。
キミは知らんだろうが、旧帝や慶應の医局でも医局への貢献者には病院のスタッフのポジションを用意するのと同じだ。































