在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
神奈川県立凋落の原因は?
神奈川の公立凋落がどうして起きたのか
良く分かりません。学校群のような事を
東京の真似をしてやったのでしょうか?
神奈川にも旧制中学以来の伝統校があって昭和40年代までは
出来る子のかなりの数は公立高校に行きました。
石原慎太郎の母校湘南は毎年東大50人ぐらい合格して
いましたし、翠嵐、平塚江南、横須賀、小田原、希望が丘
などからもトップは東大に入れました。
なぜ私立の栄光、聖光、浅野、桐蔭や都内の
麻布、駒場東邦、学芸付属などに大量に流れるように
なったのか?
この辺の事情ご存知の方がいたら教えてください。
東大 さんへ:
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> 東大合格ランキングの上位を公立が独占していた頃、
> 東大に沢山合格者を出す学校=悪
> という風潮が高かったですからねえ。そしてその結果、今の状態があるわけです。
都立名門校つぶしをやった小尾教育長はその後
「学校群は失敗だった」と言っていたと石原慎太郎が
話していましたが、その影響は千葉や広島、三重などにも
及び結局は全国で公立名門校の凋落が始まったのですね。
その後の「ゆとり教育」への過程を見ていると「勉強する事
自体が悪」という観念が教育当局者や文部省にあったんでしょうか?
そんなにがり勉したかな?という感じが私の周りには
あるのですが・・・・・・・・。
「ゆとり教育」を推進した寺脇研などはラ・サールでスパルタ教育
を受けたトラウマと、医者以外は認めない父親から常に抑圧
を受け「東大に行くなら医者にならなくても許してやる」と言われ
東大に入ったらしい。
以下、ウイキペディアからの引用です。
学校群は何であったかのおさらいのために。
学校群制度は、その内容から俗に「日比谷潰し」と称された。同校は九段及び三田と学校群「11群」を形成したが、(1)他の主要学校群がおよそ二校なのに比して三校で群を形成、(2)受験生の意思による単独での学校選択が出来なくなったこと(その他に部活動に関しても、入学後は野球をする意志のある者は野球部のない三田には入学しないであろう)、(3)住民抄本提出の義務等など学区外からの越境入学が難しくなり受験出来る者が限られたこともあり、志願者層の変化が起こったこと、(4)1965年の進学指導中止を申渡す「第1次小尾通達」もあり、学園紛争の影響下、都立各校では進学指導を中止する動きが広まったことや補習科の廃止など、教える側の熱意が奪われたこともあり教育内容面での変化も起きたこと、(5)新中間層の出現など大衆受験社会の到来もあり時代的に国私立の中高一貫校の台頭など進学ルートの多様化が既に見られたことなど、その他の要因(学校個々の文化資本etc)もあるにせよ東大合格者数トップの座を失い、以後も同じ都立高である西や戸山等と比較しても急速に東大合格者数上位校からもその名が消えることになった。1977年には文部省から公立中学・高等学校に「ゆとり教育」も打ち出される。
学校間格差を是正するという方針で来て、現在の、県立高校間の差がほとんど無くなった状況があるわけだから、お役所としては、それで万々歳じゃないのでしょうかね。県教委ほか関係者は、現状をどのように考えているのかな。
湘南に関して言えば、先生も生徒も、今でもけっこうプライド高いですよ。現状をそれほど深刻に受け止めている感じはしません。学校説明会に行くと、その能天気ぶりに、あっけにとられます。なんだかんだで、不動の県立トップですから、そこに安住しちゃってるというか。
日比谷のように、かつてはダントツの名門でありながら、西や戸山にも抜かれ、都立高校間での評価まで下げてしまったところとは、危機感が違うのだと思います。
県内 さんへ:
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> 湘南に関して言えば、先生も生徒も、今でもけっこうプライド高いですよ。現状をそれほど深刻に受け止めている感じはしません。学校説明会に行くと、その能天気ぶりに、あっけにとられます。なんだかんだで、不動の県立トップですから、そこに安住しちゃってるというか。
埼玉の浦和高校では去年の東大16人にショックを受け県教委、
教師陣一丸となって対策を練ったそうです。
県教委は県下8校の進学校の校長を集め公立復活の
会議をもったといいますし、県教委からエースが浦高の
校長に派遣されたそうです。(あくまで伝聞ですが・・・)
結果として浦和の一人勝ちとなりましたが、春日部から
理3が一人入っていますし川越女子高の女性教頭なども
科学教育に並々ならぬ情熱を注いでいるようです。
OBも心配して浦高復活には中高一貫化しかないとか
この掲示板で議論していました。
神奈川は金持ち喧嘩せずというか筑駒、麻布、駒場東邦、
栄光、聖光などに通えるので公立復活問題が深刻では
ないのかもしれませんね。
でも豊かな家の子しか東大や国立医学部に
進めないのは問題だと思います。県教委に
文句を言う必要性も感じていないのかな・・・・・・
裕福な神奈川都民は。
皆様、忘れていることが一つあります。
神奈川県では3年前から独自入試が取り入れられ、その1期生が来春、受験するのです。
いち早く独自入試を始めた翠嵐は特に進学に力を入れています。
今春の卒業生(旧3年)と旧2年生では実力にかなりの差があるそうです。
最近は教員も公募制を取り入れ、翠嵐で教えたいとやる気のある教員を配置し、
日々、努力を重ねているようです。
鎌倉、湘南、柏陽なども加わり、学区撤廃と合わせて実力のある生徒は
独自入試校に集まる傾向にあります。逆に、これまで地元のトップ校として
根強い人気だった希望ヶ丘などは実力が低下気味と聞いています。
独自入試を初めて数年で着実に結果を残しつつある日比谷などの都立の後を追い、
神奈川の県立高校もこれからは少しは改善されるものと信じています。
現に、開成を蹴って日比谷に行く都民がいるように、開成を蹴って
翠嵐、湘南に行くという生徒は確実に増えています。
結果だけを見て凋落したと嘆くだけでなく、今、どんな変化が起きているのか、
県民としてきちんと見てしていくことも重要ではないでしょうか。
神奈川でも12歳人口は減り続けているのに
中学受験をする人口は毎年確実に増えています。
結局「寄せて上げる」ブラと同じで
県立同士の生徒の奪い合いになるだけで
決して県立高校の底上げになるとは思いません。
高校募集が主力の桐蔭のような学校は
あおりでレベルダウンするかもしれませんが
神奈川の私立上位校はほとんどが高校募集がない中高完全一貫校なので
影響はあまりないでしょう。
高校を改革するだけではだめです。
受け皿が逆転したわけですね。
その昔
優秀児→公立(湘南など)
そうじゃない人→私立(逗子開成など)
現在
優秀児→私立(逗子開成など)
そうじゃない人→公立(湘南とまではいかなくても・・・など)
私立はうまくやりましたね。
河童 さんへ:
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> 「学校群は失敗だった」と言っていたと石原慎太郎が
> 話していましたが、その影響は千葉や広島、三重などにも
> 及び結局は全国で公立名門校の凋落が始まったのですね。
東海地方に在住して5年になりますが、岐阜・愛知・三重はいまだに公立優位です。
目ぼしい私学はそれほど、ありません。
三重は以前より若干大学進学実績は落ちていますが。
某BBSからの引用ですが、
三重県東大合格者
津 14 (公立)
高田 14 (私立)
四日市 12 (公立)
と、なっています。
河童さんがどのようなソースからあるいはどのような根拠から三重を挙げられたのですか?




































