充実した教育環境の日大付属高校
女の人生は結婚で決まる
娘がいる親です。
周りのママ友を見てると、今も昔も女の人生って結婚で決まるんだなと思います。
もちろん遺伝子や生まれもあるのでしょうが、やっぱり結婚相手で決まりますよね。
私の旦那は、収入も少ないし家事も手伝わない、子供にも興味なく、実質1人での子育てをしてきました。来世で出会っても絶対に結婚しないです。
しかしこう言ってはなんですが、顔もスタイルも極々普通のママ友さんたちの旦那さんは、一流企業にお勤めだったり、石油会社で子供たちも海外で生まれたと言う人までいます。
こういう人たちって、どこでどうやってエリートを捕まえるのでしょうか。
嗅ぎ分ける本能みたいなのが発達しているのでしょうか。
娘たちには苦労しない相手と結婚してもらいたいなと思っています。
それには、早慶上智よりは聖心や清泉、フェリス、白百合などの有名女子大に入れた方が確率は上がるのでしょうか。
ついつい周りと生活を比べてしまい、落ち込みが激しくなっています。
一生パートはやめられないのかと思うと辛いです。
私も駐在員の妻になってみたかったなと思います、、、、。
子どもは都内の私立小でしたので、スレ主さんがかつて憧れた都内の有名女子大を出て、商社や医者などエリートのご主人と結婚したお母さん方は結構います。
で、その女性として成功した華やかなセレブ奥様方が、自分の子どもを自分と同じように都内の有名女子大に入れたかというと全然違います。
医大、国立、早慶上理、MARCH、ここまでくらいですね。
女子大や日東駒専に進んだ方もいますが、ちょっと落ちこぼれ気味の勉強が苦手なお嬢さんという位置づけです(でも他にいいところはたくさんあるし、ね)。
まあ自分の人生を子どもにもさせたいような素晴らしいものとは思ってないんですよね。少なくとも令和の時代にはそぐわないと思っている。
だから、自分の子どもは偏差値の高い学校、良い就職のできる大学に行かせるんです。
これが現実です。
独身で楽しいのは30代まで。
いっても40代。
親戚をみていてもその後はさみしい限りで、孤独に苦しみ、無気力なヒビを送っている。
結婚は、足りない部分を補いながら、一緒に同志として生きていける相手を選んで欲しい。
また、人間の生物としての存在理由である、子孫を残すことからも、子供は持って欲しいと思っている。
〉私は、先日見かけた青学のお嬢さんよりも、地方国立の地味目だけど地に足の付いた生活をされているお嬢さんが、好ましいです。対等婚を主張される方たちはその点はどうですか?
言いたいことはわかります。
でもまあ、学校のイメージと個人のタイプは必ずしも一致しませんから、本人に任せるしかない。
だいたい、親の誰しもが理想通りの満点の伴侶を見つけられたわけではないのですから、自分の子どもと言えど別人格の人生の理想を描いてもどうしようもないです。
あまり親が理想ばかり描いていると子どもは結婚しなくなります。というかできなくなるというか…。
リアルに大学受験をしていれば、地帝がMARCH以下なんていう人はいませんよ。
エデュはふざけてスレ立てする人がいるので、放っておけばいいです。
ただスレ主さんがお嬢さんをいれたいのが「華やかな私立有名女子大」なので、それに対して頑張ってMARCHを狙ってみればという話になるんじゃないですか。青学や立教ならミッション系で華やかですしね。
女子大志望から受験科目数の多い国立を狙えというのも無理難題でしょう。
ありがとうございます。
恥を忍んでお話すると、私の兄も格下婚をしたのです。なんだか、息子を責めるよりも自分のせいだと思ってしまって。
地帝は私の甥が卒業して、いまは国立大の教授になっています。そういう人は少なくありませんし、この甥は東京の国立大学を出た方と結婚いたしました。
ステレオタイプはあると思いますけれど、なんですか、自分の人生では想定外のことばかりが多くて。
最後に覗いたときに目にしたコメントが、貴女ので本当に僥倖でした。
言葉が足りませんでした。
子育てであろうと、自分育てであろうと、
令和で自分以外の人を頼る発想はどうなのだろう?と思います。
「自分が」輝く!生き方を、子どもにはしてほしいです、性別の関係なく。
失礼いたしました。
令和以降の若い世代は、どんどん変わっていくと思いますよ。一昔前なら経済力がないから離婚できない、とか、離婚しても実家が裕福だから大丈夫、とか誰かに頼ること前提が女性の当たり前でしたけど、今は違いますよね。
テレビで「死ぬほど嫌いな家事は何ですか?」と先日盛り上がってましたが、だいたいの若い奥さんまたは彼女は「イヤだから、これとこれは彼にお任せでーす」男の子も「イヤだけど、慣れたかも」。
女性が頑張り過ぎず、肩の力が抜けていて、羨ましかったです。
男性のステイタスや、収入にのっかる人生より対等に人生らしさを模索しながら自立し、支え合う人生を送ってほしいです。





























