在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
◆選択的夫婦別姓の是非を考える:建設的な議論の場へ
選択的夫婦別姓に関する議論が活発化していますが、感情的なやり取りや論点のすり替えが多く、建設的な意見交換が難しい状況も見受けられました。
このスレッドでは、選択的夫婦別姓の是非を冷静に議論し、具体的なメリット・デメリット、社会的影響、そして制度設計の課題について考えていきたいと思います。
以下の点を議論の基軸としたいと思います:
1️⃣:選択肢を増やすことの意義:強制ではなく、選択の自由を保障することの利点は?
2️⃣:懸念点と解決策:家族の一体感や戸籍制度への影響など、反対派の懸念にどう対応するか?
3️⃣:実現に向けた課題:法整備や社会的な合意形成に必要なプロセスは何か?
感情論に陥らず、具体的で理性的な議論を心掛けましょう。賛成・反対の立場を問わず、意見交換を通じてより深い理解を目指す場にしたいと考えています。
理想論だけではなく、現実的な視点から議論を進めましょう。
ポン吉さん、毎度ご返信ありがとうございます。
おっしゃる通り、単身者の方々が自分の生活や選択に対して十分に考慮されたうえで決めていることは理解しています。しかし、問題は「結婚していないこと」を選択する自由だけでなく、婚姻によって強制される側面や、名前やアイデンティティに関する選択肢が制限されることにもあります。現行法が必ずしもすべての選択肢を自由にしているわけではなく、それを変えることで、もっと多様な選択肢を提供できるかもしれないという点も重要だと思います。
間違いが多すぎて、むしろ正しい部分がほとんど見つからない。
2国際的に戸籍姓が唯一の公式云々
いきなり、むちゃくちゃ。
世界には戸籍のある国は日本他数カ国しかないのに、唯一のって、いきなり崩壊してるんだが。
他もデタラメ過ぎて、どこから手をつけたらいいのか。もう早くごめんなさいしちゃったら?
様々な意見があるので、異なる意見をどう集約しうるかの問題なんですね。
選択的夫婦別姓と一律別姓の方からやると、共産党は討論番組などで武力革命を目指してるんですかと聞かれると、まずは北欧のような社民社会なんだと否定します。他方で綱領から武力革命を削除したわけではないんですね。
つまり、共産党の中では当面社民で行くということまでは妥協するけど、武力革命を目指すことは放棄しないと。
これが選択的夫婦別姓と一律別姓の位置づけなんでしょうね。一律別姓というか、家族や結婚の廃止。これを言っちゃうと皆ドン引きなんで、まずは選択的夫婦別姓を成し遂げるんだと、田嶋陽子さんが朝生で演説される動画が広く流通しています。
(つづく)
今の制度で不便をかこち、苦痛を感じている方がおいでなら、何とかしなければ、と存じます。 例えば何らかの契約で、通称の方を取引相手とするのをためらうのは、何となく分かります。やはり通称では、その公信力に限度がありませんかね。この辺りは、中でも金融にお詳しい方からのご助言を頂きたいですね。
微分概念で現状と戸籍別姓の中間点は常に存在するはずなわけで、その中間点で妥協して行けばいいだけですよね。
自民党、高市氏の側からは常に通称使用の利便性を高める政調の議論を投げかけているわけで、それを原理主義的に修正主義は許さんと拒む側の問題ですよ。
国民主権は1億2000万国民の様々な意見を反映すべきである以上、別姓派の主張が満額で通る訳がなく、何らかの妥協は不可欠。通称使用をこれまで以上に少しづつでも広げられて、戸籍別姓に近づけ、最終的に通称使用が戸籍別姓に近いものになれば満足すべきなのに、最初から通称使用を戸籍別姓と全く同じにしないと話し合いに応じないとか民主主義じゃないわ。
ポン吉さんのご意見に心から同意いたします。不便や苦痛を感じる方々がいる現状を考えると、制度の改善が必要だと感じます。また、通称使用における公信力の限界に触れられた点は非常に重要で、特に契約や金融分野での影響を踏まえると専門家の意見が求められるというご指摘には共感いたします。こうした視点が議論の深化に繋がると信じております。貴重なコメント、ありがとうございます。
あなたが「間違いが多すぎて」とか「デタラメ過ぎて」と言っておきながら、一つも具体的に反論を示さないのは、ただの感情的な言いがかりに過ぎません。そんなものは議論になりません。
まず、あなたが批判している部分について、具体的な内容を挙げてください。そしてそのなぜ間違いなのか、なぜデタラメなのか、それをきちんと論理的に説明してください。できていない時点で、あなたの言い分は説得力を欠きます。
結局、あなたが言う「どこから手をつけたらいいのか」というのは、ただの逃げ口上です。議論では、相手の主張をしっかり理解したうえで、反論することが基本です。それすらできていないので、あなたの立場は完全に破綻しています。
別姓の話も左から右まで幅広く、家族結婚の廃止を目指す人から職場での別姓も認めない人までいる訳です。
結局、民主主義は多様な意見を集約すべきなので、こうでないといけないということではダメなんですね。ベストでなくともベター。戸籍別姓を認めさせたくても反対があれば、少しでもよくする。これがリベラル側はできないんです。
103万円の壁、自民党は国民民主党に擦り寄る訳です。なぜなら良くも悪くも自民党に主張なんかないから。政権にいて権力を握ること優先で、現実支持されれば、選挙に勝てれば構わないから。自民党の右側にわずかに戦前に戻れ、大東亜戦争は正義の戦いと主張する参政党とか日本保守党とかわずかにいますが、そこが自民党に入れられないだけで、自民党の中は幅広い。国民の常識に反しない範囲で多様な意見が共存してます。
これはリベラル側の野党はできません。国民民主党と立憲民主党が対立して割れたように、社民やれいわや共産党以外にも微妙な教義の違いでバラバラなんですね。
なぜかというと、自民党は世の中に正しい1つの正義なんてない。しょせんは違う意見の妥協だと思っているのに対して、リベラル側は理念先行だから。頭で考えた正義がたった1つあって、それを目指すのだから、正義の違い、信じる神様が違うと一緒にやるとか妥協するということはできないんです。浅間山荘事件でも内ゲバで凄惨な事件が起きているでしょう。別姓の問題もね。リベラル側には現実的に妥協して、集約するとか、漸進的によくするということはできませんよ。それが常にバラバラになってきた左翼の歴史なのだから。




































