充実した教育環境の日大付属高校
裕福な奥さま
同じくらい裕福だとして、これから何かはじめようとするとき、お金のためではなくて社会に出たいという理由でレジの仕事をするか、自分を高めるためにジムや習い事をするか、どちらがいいですか。
どれだけ話してもまとまらないのは、ジムといってもいろいろな会員がいますが、レジのパートをしている人とくらべる対象にふさわしいのは、同じようにパートをしながらときどきジムに行っている人で、子どもの教育費にお金のかかる親世代で毎日ジムに行っているような時間にもお金にも余裕のありそうな人ではないからだと思います。そういう人は、もともと生活スタイルの価値観が違うので、お互いを理解することはできないからでしょうね。たぶん行きつけのお店も仲のいい友人たちの職業などの人間環境もまったく違うと思います。
同じくらい裕福というか、お金に困っていないとしても、まわりの人間環境によって価値観は成り立っているように思うので、それによって毎日の生活スタイスルは、レジのパートをするか、ジムや習い事をするか、わかりやすいと思います。だれでも環境に合ったことしかやる気がしないということですね。
確かにそうですね。
ジムの時間をすべてパートに費やして100万稼ぐ人と稼ぎを50万に減らしてもジムへ行っている人を比較するべきだったのですよね。バックグラウンドや交友関係も同じにしないと。
裕福な人などそもそも登場させるべき話ではなかったわけだ。
林真理子の文章に、
買い物と観劇くらいしかすることのない金持ちの奥さん連中
というのが出てくるのですが、それこそまさに富裕層の妻かも。家事なんかもほとんどしていないのでしょうね。今の日本にどれくらいいるか知りませんが。
とはいっても、世間一般で、奥様がパート労働もせずに、子供には私立中受験などさせ、昼間の時間をジム通いに費やす家庭なら、やっぱり金持ち家庭なのではないでしょうか。富裕層というのは別次元だとしても一般的にはお金持ちの部類だと思います。
裕福な奥様ではなく、同じくらいお金のある奥様
というスレタイのほうが良かったかも。
エッセイで都会の専業主婦は思っていたイメージと違い、元々お金がある女性なのだとも書いていますね。
山梨と都心では様々な違いがあったということでしょう。
何だかんだ言っていても一等地に豪邸をたててお嬢さんは下から青学。彼女は自分自身が著名人な訳ですが、まさにやっていることはお金持ちの奥様そのもの。人間そういうものだと思いました。





























