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中学受験の偏差値50=高校受験の偏差値65って本当?
中学受験は上位層の子供が多くチャレンジするため偏差値50だったとしても全体から見ればかなり優秀で、高校受験の偏差値だと60〜65に相当するとよく言われていますが、この説に違和感を持っています。(中学受験の偏差値は四谷大塚、日能研の前提)
成蹊、国学院久我山など同系列の中学校と高校の偏差値の違いを根拠に挙げる人がいますが、母集団も受験者層も異なるためこの考えは正しくなく、実際のところは同じお子さんが中学受験と高校受験で偏差値がどのような水準だったかを見ないと分からないと思っています。
そこで、実際に中学受験に取り組んだ経験があり、かつ高校受験も経験している方がいたら、中学受験の偏差値と高校受験の偏差値がどのような水準だったかを教えていただけないでしょうか?(例)中学受験で日能研50→高校受験で60)
なお、個人的な実感として、中学受験の偏差値50はごく平凡な水準で、高校受験でもせいぜい55程度ではないかと予想しています。
「偏差値のスライド換算」という、認知の歪みに基づいた幻想を語るのはやめませんか。
まず、「中学受験組=優秀層」という前提自体が業界のレトリックです。ブームに流された層により分母が肥大化した現在、平均(50)以下の層を優秀と定義するのは、もはや言葉の誤用でしょう。
また、高校偏差値を根拠にするのは明らかなカテゴリー錯誤です。あの数値は「外部受験生」に対する参入障壁の高さであって、無試験同然で上がる内部生の質を反映したものではありません。
分断された二つの母集団を都合よく結びつける統計的根拠はどこにも存在しません。それは選民意識を維持したい層が、安心を買うために消費しているフィクションに過ぎない。
客観的事実よりも願望を優先させる姿勢は、知的な議論とは程遠いものです。
中学受験で不本意な結果に終わりながら、サンクコストを割り切って公立から再チャレンジする勇気を持つ層など極めて限定的です。
大半はそのまま中堅校に収容される道を選び、外部受験生が叩き出した高校偏差値を、さも自らの手柄のように語る。滑稽というほかありません。
また、「上位層が抜けるから高校のレベルが下がる」という理屈も身勝手なドグマです。実際には公立を選択する優秀層もいれば、中学受験からドロップアウトして下位校へ逃げ切る敗北層も抜けている。双方向の流出を無視した、ただの数字遊びです。
客観的な統計構造より主観的な願望を優先させる姿勢は、知的な議論とは程遠いものですね。
何だか思い込みの激しい方ですね。
「客観的な統計構造より主観的な願望を優先」って、どの部分を捉えてそう感じられたのか理解できません。
小学校中学年の我が子が塾でごく平凡な成績で、これから中学受験をするか高校受験をするか検討するに当たり、もし公立中に進んで高校受験をした場合にどの程度の偏差値になるのか参考例を知りたいと思っていただけなんですけどね。
通告人様の仰る中学受験界のレトリックやらドグマやらは基本的に信用しておらず、小学校受験塾に通っていたけど結局高校受験をしたという方がいたら、そうしたお子さんの事例が中受偏差値と高受偏差値をつなげる「客観的な数値」として参考になると思いました。(確かに事例は多くないと思いますが。)
それから、レトリック、サンクコスト、ドグマとか難しい言葉を並べていますが、こうした場でのやり取りには明らかに不相応です。
本当に知的な人は無理に背伸びせず、平易、簡潔な表現で誰にでも分かりやすい文章を書くものです。
個別の「お気持ち」や「子育ての悩み」を議論に持ち込まれても困ります。
あなたが「客観的な数値」を求めていると強弁しながら、特定のレアケース(N=1の事例)を収集しようとしている点に、統計的リテラシーの欠如が露呈しています。
数人の体験談を繋ぎ合わせても、それはただの「個人の感想」の集成であり、客観性とは対極にあるものです。
また、言葉の難解さを指摘されていますが、論理の欠陥を突かれた際に語彙力を批判し始めるのは、反論できない側の常套手段ですね。平易な表現を好むのであれば、さらに簡潔に申し上げましょう。
「サンプル数の少ない主観的なエピソードを、統計的な相関関係と混同して意思決定の根拠にするのは、極めて非合理である」
これ以上に平易な事実はありません。
お子様の進路という重大な局面において、生存バイアスだらけの体験談ではなく、現実の母集団の構造を直視されることをお勧めします。
というか、全く違う母集団の偏差値に相関求めるのが良くないのわからん?(汗)
超平易に言うなら、「中学受験と高校受験に相関など存在しない」ということ。
中学受験でボリューム層(偏差値50)だった子が、高校受験で上位15%(偏差値60)になれる根拠はどこにもありません。中受で定着しなかった知識が、母集団が変わっただけで勝手に結果に結びつくなどという話は、単なる親の願望に過ぎない。
また、母集団の性質についても理解したほうがいい。上位層が指標にするのは駿台模試です。VもぎやWもぎといった「学習意欲の低い層まで含む広大な母集団」の模試や、ネットの根拠不明な偏差値表を中受の数値と比較しても、何ら生産的な結論は出ません。
N=1の体験談を「客観的数値」として収集しようとするリテラシーの低いことを理解して。全く性質の違う母集団の偏差値を同列に並べるのが間違いだと、まだ気づかない?(汗)
比較はできませんね。
偏差値をつけている模試の母集団が違うから比較のしようがありません。
中学受験の偏差値分布を見ると、首都模試偏差値50以下の学校は意外と多い。そんな学校が成り立つのは下位の生徒も多いという事。
猫も杓子もお金さえ出せれば中学受験に参戦しています。
中学受験者全体が優秀とは言えません。
おそらく、収入の高い優秀な上位家庭の子供が偏差値の平均値を押し上げている、というのが実情でしょう。
中学で底辺の生徒が受けるのは学校で強制参加の簡単な模試だけ。いわゆる高校偏差値には反映されていません。
偏差値はあくまで受験の目安でしかない。
中学受験と高校受験では全く別ものと思った方が良いです。
「中学受験か高校受験か」は、結局ゴール設定次第。
誤解のないように言っておくけど、中学受験そのものを否定するつもりはないよ。御三家や早慶といった上位校に、中学受験で合格できるだけの能力があるなら、それに越したことはない。
ただ、早慶が目的なら高校受験の方が圧倒的にチャンスは多い。例えば慶應女子などは、中受の極小枠を争うより、合格者数が大幅に増える高受で狙う方が合理的。MARCH附属も同様に、高受の方が間口が広いのは周知の事実。自己推薦も含めて推薦の枠もあるし…
「高受は枠が少ない」なんて言説は、単なる中受業界の印象操作に過ぎないよ。都立トップ校などの巨大な受け皿を無視して、わざわざN50レベルの一貫校にリソースを割くのは、出口戦略として極めて非効率。その手の中堅校のボリュームゾーンは良くてMARCH、現実はそれ以下だから。
もちろん、公立中から都立トップ校を狙うのは、中受でN50に留まった子にとっては「博打」に近い進化が求められる。けど、期待値の低い一貫校で自己満足するよりは、よほど可能性のある選択だと言わざるを得ないね。































