在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
息子の女遊びを容認する母親
甥っ子は容姿は普通ですがコミュ力が高く若い女性によくモテるようです。
(例えるならロンドンブーツの淳さんのような雰囲気)
高校、大学までは全くそんな話を聞かなかったのに、一流企業に就職してから叔母である私にまで二股自慢をしてきたりするのです。母親である義姉は困った顔をしながらなんだか誇らしげ。それどころか「どうせ結婚はまだまだなんだから色んな女性とつきあえばいい」「でも決定的な言葉は言うな」「○○大以下の子は遊びで、結婚は○○大以上の子」等、遊び人息子にアドバイスする始末。
お相手の娘さんが不憫でならないし、娘しかいない私には到底理解できません。
昔女友達が悪い男に遊ばれて泣いているのを慰めたことのある人も、自分の息子が女遊びをするのは誇らしい気持ちになるのでしょうか?
>女性は「女友達に自慢できる世間の評価の高い」将来有望の彼氏がほしい。
男性は「○○してくれる」今の彼女がほしい。
結局、男も女も同性間の見栄の張り合いと優劣のつけあいの中で、相手に対してマウンティングがしたいのですね。
女も男をハンティングしたいのだけど、ゲットした男を檻の中に入れて同性に見せびらかせたい。つまり「女友達に自慢できる世間の評価の高い」将来有望の彼氏を檻の中にいれて、みんなに見せびらかせる儀式が結婚式ということだ。いい男を自分という檻の中に囲っている姿を多くの女友達に見せつけることは、彼女らに対するマウンティングになる。
それに対して、男は結婚という檻の外で女とやることが男たちの間でのマウンティングになる。時間差一夫多妻制という表現が前に出てきたが、これを実現するのが男の理想なんだろうね。本当は、一夫多妻制そのものを実現させたいのだけど、今の法制度ではそれができないから、時間差ということになる。
自分と関係を持った女が将来別の男と結婚すれば、それは自分の「おさがり」を相手に与えてやったことになるので、妄想の中でその男にマウンティングできる。そういう女がたくさんできれば、妄想の中で自分はいつも多くの男をマウンティングしている強い男になれるわけだ。
別れた後に、「彼女が誰かと結婚して幸せになってくれればと陰ながら思う」といった発言をするのは、マウンティングをしている男の余裕から生じるものだ。
まあ、双方のマウンティングの原理からこの問題を処理しようとしても、決して解決しない。二つのマウンティングに共通するキー概念は「結婚」という制度だ。この制度の外に出ない限りこの問題は解決しない。
だから、認知、なんですよ。




































