アートの才能を伸ばす女子教育
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修身と道徳
修身とは、戦前の小学校で教えられていた、今の「道徳」にあたる科目です。
そして、下記は教育方針を明記した教育勅語の12徳目 です。
SS様、あなたは特に読まなければいけませんね。
親に孝養をつくそう(孝行)
兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
自分の言動をつつしもう(謙遜)
広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
人格の向上につとめよう(徳器成就)
広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)
来年の卒業式にむけて、SSさまの目に留まるように時々スレを上げときますね。
>そのセットである天皇と日本国民の関係はずっと続いてきたわけで、これからも同じように続くことにどうして反発する人がいるのでしょうね?
まあ、それは反日思想の持ち主ということである。
我々日本人の大多数は、
日本が好きで、象徴天皇で一向に構わないわけで、
反日思想には困ったものである。
>まあ、それは反日思想の持ち主ということである。
ならば森喜朗氏の「神の国」発言も許されるということなんだね。
何故あれだけ大問題になったのか。
戦前の軍国主義教育を肯定する発言であり決して許されるものではない。
天皇が中心とか天皇=日本なんて絶対に言ってはいけない。
時代錯誤もはなはだしい。
私は親日派。
反日思想ならば日本についてこんなにも心配しないだろう。
天皇陛下が危篤状態に陥ったら日本経済に悪影響を及ぼすことについてはどう思うかね?
天皇の体調のことで国民に迷惑かけるな!
これが日本国民の本音ではないか。
天皇制が百害あって一利なしといわれるゆえんである。
自由 さん
以前の書き込みを拝見しおそらく網野善彦氏を読まれているかと感じたが、やはりそうであったか、失礼申し上げた。
>大王という地位が天皇に変わり日本という国号が成立するのは7世紀後半の天武朝なのであって、それ以前には、日本、天皇というものは存在しない・・これを繰り返し語るのである。
私事で恐縮だが、田中卓博士の全集の虫食い読み(とてもあの難解な全集を読みこなす力量はないので)が端緒ゆえ、記紀史観を捨てきれていないのが面映いところ。最近では反記紀史観の書物にも努めて目を通すようにはしているのだが、、それでも思想という観点では記紀はやはり優れて日本人にとって有意義ではないかとも感じている。
たとえば、古事記における「死」についての「神避坐也」(かみさりましぬ)という表現。消失ではなく退去という感性(だから「お隠れになる」というのだが)は、現代の我々日本人の感性にも脈々と受け継がれているのではないかと思うところ。ラフカディオ・ハーン言うところの「死者の支配する国」とまでは言わずとも、先立った人々の「想い」を忖度する感性は、時間的民主主義(G.K.チェスタトン、英国思想家)を体現するものとして現代でも至る所に垣間見ることができる。近代的な建物の一角に小さなお社が鎮座していたり、樹齢古き大木が残っていたり、三井物産社屋そばに将門の首塚があるのもその証左ではないだろうか。それが「畏れ」に繋がり、これら先人たちの「想い」を鎮める祭祀を司るのが「天皇」であると考えている。だから史観としてはともかく、思想としては天皇の地位というものはやはり「万世一系」であり、網野善彦氏のいわれる「古代から現代まで」というのは、このことを指しているものと理解しているが如何だろうか?
話が逸れるが、伊勢神宮の式年遷宮も未だ茅葺の葺き替えなのは、これとも無関係ではないとも思うところでもある。
であるがゆえに、>日本と天皇は一体<という感覚も「当たり前」のこととして、また我々日本人の胸底に刻まれているのであろう。
日本が天皇と一体と考えるのは勝手だが天皇アキヒトの体調の如何によって我が国経済に悪影響を及ぼすのは問題だろう。
我々の実生活に直結する深刻な問題である。
天皇と我々のサイフの中身、どちらが大切なのか。
ここでの議論はあまりにも他人事であり、脳内お花畑といった感は否めない。































