女子美の中高大連携授業
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修身と道徳
修身とは、戦前の小学校で教えられていた、今の「道徳」にあたる科目です。
そして、下記は教育方針を明記した教育勅語の12徳目 です。
SS様、あなたは特に読まなければいけませんね。
親に孝養をつくそう(孝行)
兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
自分の言動をつつしもう(謙遜)
広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
人格の向上につとめよう(徳器成就)
広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)
来年の卒業式にむけて、SSさまの目に留まるように時々スレを上げときますね。
>憲法の枠内で整合性をつけていく、という考え方自体が既に無理なことであり、この限界を超えている(違憲)のであれば限界点を上げる(自衛隊、攻撃力保持の明記など)憲法論議を避けて通るべきではない。』
この部分については趣旨は理解できるものの、直ちに承服できるには至らない。
あなたの全体の論旨を誤解した連中がすぐにつまみ食い的に利用しようとしかねないからだ。
実際に、先ほども他スレでの主張と矛盾する言い分で、早くも白々しく食いついてきている輩がいるではないか。
その意味で、不当な口実に曲解して利用される余地あるご意見ではないか、と考える。
>つまみ食い的に利用
まあ、それは二俣川の専売特許だろう 笑
戦争法案反対!で違憲を主張するクセに、
憲法が規定する象徴天皇制に噛みつくとは支離滅裂である。
そんなことは、共産党でさえ主張していない。
笑
>戦争法案反対!で違憲を主張するクセに、
憲法が規定する象徴天皇制に噛みつくとは支離滅裂である。
はあ?
1条と9条とは異なる内容を定めたもの。
なぜ、是か非か画一的に思考・判断せねばならぬのかね。
大丈夫か。
しょせん、その程度の輩。
>1条と9条とは異なる内容を定めたもの。
なぜ、是か非か画一的に思考・判断せねばならぬのかね。
であれば、
憲法9条と憲法13条も異なる内容をさだめたもの。
核心的な13条に鑑み、国民の生命を守るため安保関連法は合憲である。
何ら問題はない。
笑
不生産的労働者 さん
>実際に、先ほども他スレでの主張と矛盾する言い分で、早くも白々しく食いついてきている輩がいるではないか。
>その意味で、不当な口実に曲解して利用される余地あるご意見ではないか、と考える。
掲示板ゆえ文章のみのやりとりは難しいもの。だから使用する言葉についてもそれなりに(あくまでも「それなりに」、であるが)気を遣う。
だから「改憲を経るべき」、「改憲を避けるべきでない」とは書いていない。改憲「論議」と書いているはずである。さらにいえば「改正(悪)」とも書いてはいない、改「憲」である。
その論議を通じて「正」になるか「悪」になるかは結果次第、それも民意であろう。だが「論議」自体を否定しては民主主義とは言えまい。じっさいにあなたも現憲法の「天皇制」に否定的ではなかったか?
ならば「論議」自体は首肯するはずである。
>食いつき、
その「論議」を肯定したうえで、「改正すべき」、「改悪すべきでない」という意見は双方、尊重されるべきだろう(わたしは前者の意見に与するものだが)。>食いつき、というのもおかしな言い方である。
今回の安保法制に関わり、その「論議」自体が為されなかったのが問題だということ。
もっとも、、
1、安保法制の必要性という認識のもと改憲を経るべき、2、憲法違反だから安保法制を否定する、3、安保法制は必要ない、だから憲法論議も必要ない、各々ベクトルが違うのだから話が噛み合うはずもない。
国際政治学者の中には1、に与するものも相当数いる。憲法学者、国会前の反対運動の方々は2、であろうか。3、もどちらかといえば2、に集約されそうである。
さて、2(3)の方々は「論議」自体を否定する護憲派であろうか、、民主主義は憲法によって「支配」されているのではない、「保障」されているのである。その「保障」が蔑ろにされていることこそ、安倍政権の今回の一連の政治運営における批判の本質である、と考えるならば、最初に書いた通り、「安保法制は(今)必要か、必要だとして憲法との整合性をどう取るか、憲法「改正」(私見)を為すべきか」という「論議」のベクトルを取るわたしの立論に、何ら矛盾はないと考えるところである。




































