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投稿者: マーガレット (ID:Y5VmrJtv1v6) 投稿日時:2010年 08月 25日 21:14
びっくり!!
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【2392718】 投稿者: 動機は? (ID:kbN1.HYkzXw) 投稿日時:2012年 01月 21日 15:51
>このドキュメント番組は、野田さん自らが「取材してくれ」と持ち掛けたそうです。
どうしても自己顕示欲だろうとしか思えません。
果たしてお子さんのためになるんでしょうか? -
【2394192】 投稿者: これですね (ID:N0ccuCawxlU) 投稿日時:2012年 01月 22日 18:57
>ヤフコメに野田さんの「妊娠~出産~子育て」のドキュメント番組に関してのスレがあります。
正確にはYahooニュースに出ていたオリコンの記事↓↓ですね。
卵子提供、高齢出産、子供の障害… 野田聖子議員のドキュメンタリーを放送
オリコン 1月9日(月)8時0分配信
米国で卵子提供を受け50歳で出産した現職の衆議院議員・野田聖子氏と今年1月6日に1歳の誕生日を迎えた息子・真輝くんに密着したドキュメンタリー『私は母になりたかった ~野田聖子 愛するわが子との411日~』が、フジテレビ系金曜プレステージ(1月20日、後9:00~10:52)で放送されることが8日、わかった。野田氏本人から「ありのままの自分を取材して欲しい」という依頼を受け、出産前から密着。真輝くんの誕生とともに始まった壮絶なる闘病の日々を追った。
1年2ヶ月にわたり密着取材したフジテレビ情報制作センターの岡康治プロデューサーは「子供の授かり方についてはさまざまな論議があります。野田さんには、卵子提供という方法しか残されていませんでした。これもまた、一つの現実です。野田さんが取材に協力してくれたのは、“子を望む母の想いを少しでも感じてもらえたら、不妊という事実にもがき苦しんでいる女性たちに何かのヒントになれば、一人の女性として記録に残したい”との思いでした」と、背景を語る。
野田氏は、40歳の時に自然妊娠が不可能な体であることが判明。14回の不妊治療を繰り返すも、残念ながら出産にまでは至らなかった。流産という悲しい出来事も経験。そして、彼女は“卵子提供”という道を選択する。2010年初春、卵子提供が法律で認められている米国・ネバダ州で、夫・文信氏の精子とアメリカ人の卵子による受精卵が野田氏の子宮に戻され、念願の妊娠をした。
しかし、その時から母と子の闘いが始まった。母体は「切迫流産」の危険性と「羊水過多」による身体的な苦痛に見舞われた。一方、お腹の中の子どもはエコー検査で「臍帯ヘルニア」と「心臓疾患」の可能性の指摘を受けたのだった。2011年1月6日、野田家に待望の男児、真輝くんが誕生するも、すぐに臍帯ヘルニアの手術を受けることに。同時に「食道閉鎖症」の所見がみられ、食道に対する緊急手術も行われた。さらに、出産から2週間後の野田氏も子宮を摘出する手術を受け、2度と子供を産むことができなくなってしまう。
2011年5月中旬、真輝くんは心臓(極型ファロー四徴症)の手術を受ける。かなり危険が伴うものだったが、自らの生命力でこの困難を乗り越えた。その後、順調に回復しつつあった真輝くんだったが、10月17日の朝、突然の3分間の呼吸停止。幸いなことに、命に別状はなかったものの、右手、右足の麻痺、脳梗塞の所見などの試練が襲い、11月には医師から気管切開の提案を受けることとなる。真輝くんの可愛らしい声と引き換えに行われるこの手術を、夫婦は承諾した。二人で何日も悩み続けた末の苦渋の決断だった。
年が明け、2012年1月6日。真輝くんは1歳の誕生日を迎えた。生まれた瞬間から過酷な運命と闘いながら、懸命に生きる息子。隣で手を握り、見守り、励ますことしかできない親の苦悩。ある夫婦の覚悟と選択、親と子の闘いの1年の、ありのままの記録を通して、家族とは、親子の絆とは、そして、生きる力とは何かを問いかける。 -
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【2394195】 投稿者: もうひとつ (ID:N0ccuCawxlU) 投稿日時:2012年 01月 22日 18:59
こんなのもありました。
野田聖子議員 長男の1歳誕生日に語る
母として強くなった。自民党の野田聖子1 件衆院議員(51)。不妊治療、流産を乗り越え、昨年出産した長男が今月6日、誕生日を迎えた。新生児集中治療室(NICU)を出たのは最近のこと。今も一般病棟の個室におり、睡眠時間を削って病院1 件、国会と地元の岐阜を駆け回る。東京・永田町で消費税増税に向けた論議が進む中、税金や年金問題の根本に少子化があるとして、少子化担当相の権限強化を強く希望する。母になったからこそ痛感した現実もあったという。
野田氏は、国会閉会中の今、金曜日から翌週月曜日にかけて岐阜に戻る。長男真輝ちゃんに会えるのは、火、水、木の3日間に限られる。「ずっとそばにいられず申し訳ない」。都内滞在中に行ける時は病院1 件に出向く。おなかの中にいたとき、肝臓と心臓に疾患が指摘され、産後に食道閉鎖症も見つかった。生まれた直後から入っていたNICUから出たのはごく最近だ。
昨年1月6日の出産時、2154グラムだった体重は5700グラムに。この1カ月で700グラム増えた。歯は下が3本、上が2本生えた。「抱っこしておろすとギャン泣きで、抱くと直る。自己主張が出て、表情も随分ワルそうになってきた。ささやかな進歩で、普通からすれば当たり前ということなんだろうけれど」。ご飯も母乳も、チューブで直接十二指腸に入れる。まだ口からものを食べたことがないが、口に指を近づけると、生えかけた歯でかんでくれるようになった。「それが最近の進歩」という。
「病気を持った子供を産んでかわいそうと、批判は今も受けますが、1年間育てて、分かってもらえた気がします。かわいそうといわれると違和感がある。私には、かわいいとしか思えない」。真輝ちゃんは1年で7回手術を受けた。3分間呼吸が止まり、担当医が「普通は即死です」と言われる危機もあった。予断を許さない状態は今も続いている。「自力で生きていけない息子が、生きている。息子にも何か役割があるはずだと思う」。震災の年に子どもをさずかり、命について考える時間も増えた。
妊娠、出産、子育てを経て、女性を取り巻く環境の未整備ぶりを痛感した。「これじゃ、産みたくても産めないわって。産みたいなら仕事をやめれば、という発想もまだ残る。少子化を心配しても、私が50歳で産むと『何じゃ』って。矛盾も感じた」。
少子化によって、消費税増税や年金の問題も深刻になっていると感じている。「問題の根源たる少子化は今一番やるべきこと。(自民党の)谷垣禎一総裁に政権奪取でやっていくなら、最優先課題にしてほしいと直談判したい」。さらには「少子化担当相は、副総理兼任くらい権限を持たせてもらえないと」と、独自のビジョンもあたためていることを明かした。
母になったからこそ、変わった自分を感じている。「育てることで母になり、母になって、より強くなれた。議員活動と子育てをてんびんにかけることも、考えないようにした」。両立という言葉で簡単に済ませられる状況ではないが、「できる時、どちらもやる。今は、寝る時間を削ればいい。選挙になればその時はその時」と、強い気持ちと柔軟さをバランス良く保とうとしている。
「起きたら目の前に私がいるようにしたい」。病室の正面の壁に自分のポスターを貼った。第三者から卵子提供を受けたため、血のつながりはない。でも写真を見た人には「よく似とるねって、いわれる」そうだ。
[2012年1月22日8時31分 日刊スポーツ] -
【2394206】 投稿者: 年齢的に関係ない (ID:Uj31LNjgjA.) 投稿日時:2012年 01月 22日 19:11
>2度と子供を産むことができなくなってしまう。
子宮があっても、50代ではもう一度なんて
あり得ません、母体の生命が危険です。 -
【2394790】 投稿者: 不思議 (ID:LChec6HZxqA) 投稿日時:2012年 01月 23日 09:31
>意外な感じのあの旦那様、良い方な感じでしたが日本の 方でしたか?
事実婚の相手だった男性ですね。
一応、日本人の名前はあるようですよ。
大阪の焼肉店経営者だそうですが。
それにしても野田さん、焼肉家さんと
何処で知り合い、結婚する気になったんだろう? -
【2400844】 投稿者: う~ん (ID:FypnfkCdo8E) 投稿日時:2012年 01月 27日 13:45
>それにしても野田さん、焼肉家さんと
何処で知り合い、結婚する気になったんだろう?
そこまでしてまでもお子さんが欲しかったんでしょうね。
そう思いました。
家事は全面的に苦手のようですね。
お子さんだけ欲しかった。
私はすぐに子宝に恵まれたので、不妊の方をとやかく言える立場ではありません。
ですが、TVを観てどう考えても野田さんの生き方には同調できませんでした。
あまりにもお子さんも痛々しくて、途中で他局にしてしまいました。
やっと授かった命。
まして、たくさんの重い病気を背負って生まれたわが子。
同じ境遇の親御さん達が一生懸命に昼夜なく介護されているドキュメントを何度か
観ているので、野田さんの生き方にはどうしても違和感を感じてしまいます。