アートの才能を伸ばす女子教育
日本人の幸福度ワースト3…この国、子供にいたってはワースト2位!幸せになれない?いや、なれるはずないよね?
最近、例の事件の煽りで激増した、ACの広告で知った事実。
日本の子どもは「自分には長所がある」と思っている割合が世界で最も低く、日本人の幸福度も「世界ワースト3」、子どもに至っては「ワースト2」だという。
さらに、日本の「働く幸せ」は世界で最下位…。
確かに、周りを見ても「幸せそう!」って感じる人は少ない気がするし、「人並みであればいい」っていう価値観が、逆に幸福感を奪ってるのかも?
みんなはどう思う?
やっぱり日本人は幸せを感じにくい国民性なのかな?
#人間関係 #幸福度
まず単一民族国家で多様性が小さい村社会だということ。
だから、周りが自分と同じでないことにストレスがたまる。
似たような顔つきの似たような人間が「親ガチャ」でこんなにも違う生活をしているということに、ストレスがたまる。
村社会は、ある程度進む道が見えているから、今のように物質的に豊かな時代になれば共同体で守られる意識がないため、むしろそれがストレスになる。
そして宗教がないこと。
信仰心が無いから、自分は幸せだと思う礎が経済的なものや地位や安定なのだけれども、それは相対的なものだから、大半の人は得られない。会社の経営者でアンケート取れば幸せを感じている人ばかりと思います。
と、他にもありそうだけど、例えば、まったく同じの境遇の友人がとても不幸な目に遭うと自分は幸せだなぁって感じません?
つまり相対的なものなのでしょう。
絶対的な幸せがこのようなものだという教育とか信仰とかそういうものがあれば、違ってくるのかもしれませんが。
なかなか興味深い視点ですね。
確かに、日本は単一民族国家に近い(※完全な単一民族ではないですよ?)村社会的な側面が強く、それが「周りとの比較」によるストレスを生みやすい環境なのは同意です。特に、最近の社会では「個の幸福」より「相対的な立ち位置」を気にする傾向が強まっているように思います。
ただ、「宗教がないから幸せの基準が経済や地位に偏る」という点については、少し補足が必要かもしれませんね。日本には確かにキリスト教的な「絶対的な救い」の概念は薄いですが、その代わりに仏教や神道由来の「足るを知る」「和を尊ぶ」といった価値観は根付いています。とはいえ、それらの価値観が現代の競争社会にうまく適用されていないのも事実かもしれません。
「まったく同じ境遇の友人が不幸な目に遭うと、自分は幸せだと感じる」——これは心理学でいう「社会的比較理論」に当てはまる話ですね。幸せを感じる基準が「絶対的」ではなく「相対的」だからこそ、周りとの比較によって幸せの感覚が揺れ動くのは、人間の本能に近い部分があるのかもしれません。
ただ、そこから抜け出す方法として「絶対的な幸せの基準を教育や信仰で持つべき」という意見には一理あるものの、日本の文化的な背景を考えると、それがどこまで機能するかは難しい問題ですね。むしろ、社会的な価値観として「比較しない幸せ」をどう醸成できるか、という視点も必要かもしれません。
産業革命の必然です。
産業革命の前は経済成長や生産性向上なんてものは100年かけて1%とか無視できるレベルしかなかったんです。人々の関心は消費を増やすのではなく、消費できるものが限られた中で幸せに暮らす方法。つまり、内心の安定であり、宗教なりで内なる充実に向けられてたんです。
しかし、産業革命で消費を毎年何%も拡大できるようになった。科学技術や戦争でどんどん豊かになれる。こうなると、内なる平和より、不満を感じやすく、貪欲な方が有利になるんですね。幸せより豊かさを取った人間が勝つ。これが資本主義の必然なのです。
いえ。あなたの意見は、いくつかの点で明確に否定できます。
まず、「産業革命以前は経済成長が100年で1%程度しかなかった」というのは、あくまでヨーロッパ限定のお話。
世界全体に当てはまるわけではありません。例えば、宋代の中国やイスラム世界では技術革新や商業の発展が進み、かなりの経済成長が見られました。また、江戸時代の日本も産業革命前にもかかわらず、独自の商業発展を遂げていますよね?
次に、「産業革命以前の人々は消費を増やすのではなく、内心の安定を求めていた」というのもあまりにもざっくり、一面的すぎます。確かに宗教が重要な役割を果たしていた時代もありますが、同時に贅沢品や娯楽に対する欲求も存在していました。
例えば、中世ヨーロッパの貴族たちは豪華な衣服や宝飾品を求め、日本の江戸時代でも庶民は芝居や浮世絵などの娯楽を楽しんでいました。「消費できるものが限られていた」からといって、人々が内面的な充足だけを求めていたわけでは全くありません。
さらに、「産業革命によって豊かさを取った人間が勝つ」という点についても、資本主義の成功者が必ずしも幸福であるとは限らないことを考えれば、単純化しすぎています。
実際、経済成長と幸福度は必ずしも比例しないことが各国の調査で示されています。豊かになっても社会の分断や精神的なストレスが増えれば、不満や不安も同時に高まるというのが現実です。
つまり、「産業革命によって内面の平和より不満を感じやすくなった」というのは、事実のごくごく一部の側面を切り取った極論であって、歴史的な背景を考慮すると誤った前提に基づいた議論だと言えますね。































