女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
あれでも これでも なんでもあり やってみて 結果がでれば なんでもok
ということで よかったのかしら? 視点さん。
結果がどうであろうと 俺が決めたことじゃないから。
子どもが勝手にやったことなら。すべてok.
ただし 結果が出せるまで 逃げるんじゃないぞ。
いいな。ってことですね?
向き不向きも 何にも言わんから勝手に好きなようにやりなさい。
て言うことでしょ?
違っていたら教えてくださいね。
>冷静な判断をするとはどういうことですか?
これは私の考えですが、「待つ」ということだと思います。
イメージ的には親は伴走者だと思うんです。
伴走ですから、親の走りたいスピードではなく、子どもの走るスピードにあわせてあげる必要があるということです。
親は自分の走りたいスピードではなく、子ども(自分とは違う他者ですよね)のスピードに合わせることになりますから結構大変なはずです。
もし子どもが歩きたくなったり、立ち止まったら、子どもが自分で進むまで待たなくてはならない、ということだと思います。
子どもが2~3人いるだけでもどんどん走れる子やなかなか走れない子がいることを実感できると思います。
冷静な判断をするとは、1人ひとりの子ども自身の走りやすいスピードを知ることだと思っています。
子どものスピードが親の走りやすいスピードに近いとたぶん楽なのでしょうね。
でも大抵の場合はそううまくいかないもので、
そこが難しさでもあり面白さでもある、とも思いますが。
走るといえば、ずいぶん前に競走馬とジョッキーの話題になっていた時もありましたね。
地頭ってなに?さんは確か子どもは自分から走らないっておっしゃってましたよね。とても印象的でした。
私は子どもは自ら走ると思っています。
その原動力はまさに「好きこのものの上手なれ」、または知的好奇心さんが説明された「知的好奇心」そのものだと思います。
たまたま中学受験に向かってみても目をきらきらさせてどんどん走れてしまう子が、中学受験で地頭がいいと呼ばれるタイプなのかな、と私は思っています。
私は基本的に、子どもがある程度大きくなるまでの間は親は伴走者、と感じています。
そして子どもはいつか成長とともに伴走者が要らなくなり、自分で自分の道を進んでいくのだと思います。
身勝手ママさん
地頭の差といわれる程度の知的能力の差が環境因子によって生じるのであれば、地頭の差と言われるものの主たる要因が先天的なところではなく環境にある可能性が生じるのでは?
だから、一卵性双生児の一方と他方の環境の違いにより大きな差が生じるとすれば、意味があると思いますけど。
一卵性双生児は、環境によって差が生じないのであれば、その知的能力のかなりの部分は先天的に決まるといえますね。
前に↑で投稿したのですが、流れも速いので、
地頭ってなに? さんの
>私は地頭と学力は同義で使っています。
に対する私見を書いてみようかと。私の思う地頭の違いというのは、
「つるかめ算っていうのは、こういう問題があったときに、こうやって考えるとこういうところがわかるから、」
「あー、わかった!じゃあこうやって解けばいいんだね。じゃあこの問題はこうやるんだね」
↑地頭良し
「つるかめ算っていうのは、こういう(以下略)・・って解くと答えが出るね」
「え、なんで?」「ほらここからこういう事がわかるでしょ、だから、こうやって(以下略)すると、答えがほら出た」「あー、出たね」「じゃあこの問題をやってみようか」「うん。あれ、どうやるんだっけ」
↑地頭があまり良くない
と思っていました。
中学受験において、受験日が決まっている以上、御三家等の問題が解けるようになるには上の子のような能力がないと、塾の上位クラスのカリキュラムにも乗りきれないし、時間的に間に合わない。
仮に下の子に御三家レベルの問題を解けるように訓練しようとすると、子供も大変だし、時間がかかりすぎた結果、睡眠を削ったり学校に行く時間が惜しくなったりして子供にかかる負担が多すぎるし、子供を潰しかねない。でも親が頑張れば、どんな子でも「つるかめ算」は解けるようになる(学力は並ぶ)。だけど、効率というか、スピードというか、深さというか、そういうところで子供ごとに(大人でも)差があるし、多少は努力で補えるかもしれないけれど、圧倒的な差は難しい、ということかと。思ってました。
地頭ってなに?さん
スレのここまできて「地頭=学力」?
ここまでの流れは決してそうはなっていなかったと思うんですけど。
ちょっとびっくりしました。
横ですがさんの例え、とてもよくわかります。
うちの子(受験生のほう)は、全く下の例えのとおりです(笑)。
>地頭測定には時間軸は全く関係ないという考えですか?
時間をかけても、努力をしても、エンジンをフル出力させれば、
相対的な順番がつく。それが受験の地頭。
個人だけで限定して考えるなら、その伸びには限界がないが、
フルスロットルの相対的な位置取りを考えると、
5番はいつも5番。10番はいつも10番。
ここには時間軸は関係ない。
だから俺は「努力すれば成績が上がる」というのはおかしいと思う。
「努力」じゃなくて「さぼらないこと」の方が大事。
努力で位置取りは上がらないが、
さぼると定格出力が出ないから位置取りが下がる。
そして反射的効果として他人の位置取りを上げる。それだけの話。
地頭肯定=努力否定じゃない。
努力しても、相対的位置取りでは、子供にそれぞれの限界があるから、
無理させないようにしましょうね、というだけの話。
>一卵性双生児の一方には幼児の時から、本を読み聞かせたり、
>絵を書かせたり、音楽を聞かせたりして育て、
>他方は積極的な知的刺激を与えずに育てたとしたら、
>知的能力の点で途方もない差がでるのではないだろうか。
本や絵や音楽を与えても、逆に嫌いになってしまう子がいるんだな。
(中学生に学校が歌舞伎や能を見せるけど、そうしたら大体嫌いになるんだよ)
そして親が何もしなくても、好きになる子はなるんだな。
別に親の与えかたどうこうじゃないんだな。これが人間の面白さ。
みんなそれぞれ伸びるタネを持って生まれてくるんだ。
スミレになる子をヒマワリにするのは無理だし、
そんなことをしようとすると枯らしちゃう。
視点さんは、どうも子供の教育を犬猫の調教みたいに考えている気がする。
これも誤解だろうけどな。
ROMさんのスレはよーく分かるんですが。 やはり 視点さんのはよくわからん。
矛盾を感じるのは やはり 感じます。
中学受験が結果ではないとおっしゃっていても 地頭って?さんの中学受験は結果がとてもよかったので あり。ということでしたね。
その一行だけでも 納得はできません。
何を主張したいのかわかりませんでした。視点さんの価値基準もさっばりわからん。
徒労でした。
もともと 地頭のあり なし どちらでもよいのでした。 私は。
親として皆様の投稿を参考にしたかったので、視点さんのスレにも興味があったのですが。
やっぱりわからん わからんもんはわからんでよろしいとのお考えのご様子。
あとは静かに拝聴いたします。
参考になるご意見ばかりでしたので。ありがたいと思っております。




































