女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
地頭ってなに?さん
あなたの意見の対象は、自分の娘さん一人ですか?
皆さんは世間の中学受験生全員を対象にお話ししています。
あなた、ちょっとズレ過ぎ。
あなたの娘さんレベルで受験勉強を進められる小学生って
おそらく全体の2%ですよ(偏差値70コンスタント組)
そもそもあなた、地頭=学力だと思っていたんでしょ?
いくら何でも読解力無さ過ぎ。
>正直中高はどこへ行っても同じ。本人次第。
あなたの優秀な娘さんはそうでしょう。
でもね、世間は違うんですよ。。。
朱に交われば赤くなる。その通りです。
起きている時間の半分以上を使う学校生活で周りの友人は大事です。
あなたの娘さん程、皆強くはないのです。
中学生は周りに流されやすいんですよ。
我が家の学区の中学校、下校時はタバコの煙がスゴイです。
勿論、生徒が集団で路上歩行喫煙。
(怖くて注意も出来ませんけど)
>一所懸命努力する。子供がするなら親はサポートする。
>この単純な図式が描けないと言う意見に私は異を唱えたいだけ。
今迄にそんな『描けない』って言った人いないでしょ?
子供に無理な努力を押しつけるな!って言う人が大勢でしょ?
(元塾講さんとかも)
もう一度1ページ目から読んでみたら?
>地頭などという曖昧なものを理由に親が子供の可能性を限定してしまうのはおかしい。
だから・・・そんなことしている人いた?
(もしかしたらポケモン博士になってアニメ界の巨匠になったかもしれない娘さんはいたかも)
皆さん、『子供の学力向上には各自差があるんだから無理やり勉強させるな。』
って言ってるでしょ?
『優秀でこまっちゃうあなたの娘』さんに少し読解を教わったら??
>二人の子を見て思うこと様
「うちの子は私立中に行ったから大丈夫だけど、公立行ったよその子はもう、ダメ」
的なものの見方をされているのかな、と思いましたがそうではないのですね。
どの子にも明るい未来と可能性があると大人たちが信じ、見守ってやることや、
我が子以外の子供たちの幸せも願い、
祈る姿勢もこの社会で生きる大人として大切なことだと思っています。
うちの上の子も今医学部4年ですが、病気の子供たちのボランティアをしています。
親としては様々な人の存在を知り、
痛みの解る人間になってほしいと願っています。
■元塾講さん
>適正ある子さんをはじめとして応援してくれた皆さん、本当にありがと。嬉しかったよ。
>このスレに集ったすべての皆様と、そのお子様に幸せがありますように。バイバイ!
元塾講さん、お疲れ様ー(笑)長かったね。
私も、これだけレスを続けたことはなかったなー。単発的なレスになるのが普通だしね。
元塾講さんが、3、4行?の『喝』レベルの、コメントの時から、この人にしゃべらせたら面白いなって思ったから、ちょっと意図的に、このスレッドかかわってきました。
長く続いたのは、いろいろなレスがあって、元塾講さんが「しめに」レスするって感じだったからかな?
最後は、元塾講さんも、だいぶ長文もレスしていたので、もう十分でしょ。成仏できました?(笑)
結果として、私は『北風』だとか、『いじめてる』とか、いろいろ言われましたよ(笑)
あとは、他の方が、楽しんでやってくれるでしょう。
■地頭ってなに?
だいぶ、怒らせたかなー、ゴメンネ。
基本的に、あなたの子育ては、まったく否定してないんですよ。それぞれなんで・・
>一所懸命努力する。子供がするなら親はサポートする。この単純な図式が描けない
>と言う意見に私は異を唱えたいだけ。地頭などという曖昧なものを理由に親が子供
>の可能性を限定してしまうのはおかしい。
「子供の能力を親が冷静に判断」しても「一所懸命努力する。子供がするなら親はサポートする。」ことはできる。ってことを最後に言いたい。なんの矛盾もない。
これは、親の当たり前の態度だからだよ。
それに「可能性を限定してるのではない」。
「一所懸命努力する子供の結果」を受け止めて、評価してあげることだから。
それが偏差値70だったら、それは、それでいいし、偏差値50でも、冷静に受け止めるしかないだろ。
冷静さがないと、『怒り』に変わるからね。親は。
偏差値50を、問題として認識できるなら、勉強の方法を変えたり、生活態度を変えたりと、進めばいいでしょ。それは、あなたもしてきたでしょ。
私は『怒り』ばかりの受験は、否定してもいい。
そこは、わかってほしいな。
元塾講さんもお疲れ様。
気が向いたときに気軽に書込みしたらいいよ。
元塾講さんがA説B説と対比していたが、実際には子供の完全放置はありえないし、完全コントロールもありえない。バランスの問題だし、どういう関与の仕方が必要かは子供にもその成長過程にもよる。基本は、年齢が低い時は親がしっかりと関与し、その後は本人の成長を見ながら子離れしていくということだろうね。(赤ちゃんへの親の関与は100%だね。)
能力は「DNA+環境因子」という書込みがあったが、ここで問題としている地頭って小学生のものだから、それまでの環境因子の影響がかなり大きいのでは。以前、幼少時の教育で天才?に育てた米国の親の事がテレビで紹介されていた。
努力は「国語>>>>算数」なのに国語ができないって人、もしかして国語ができないことより算数の地頭があるのよってことを暗に示してる?勘ぐりすぎかな(笑)。
元塾講さん派の考えで一番危ないところは、地頭で限界が決まるというとこだね。自分でダメだと思うと努力できなくなる。何度も書いてるけど、1人1人にいろんな能力があるのだから、適性のある能力を伸ばしてやればいい。算数ができなくても、本が大好きでその道の才能があれば、小説家を目指せばいいんだよ。たかが「中学受験の地頭」がないことで、ダメだと思わせたら親失格。
だれか「神」とかって書いてたけど、学校で勉強ができるのが「神」って笑った。ノーベル賞学者で東大や京大でてない人も多いよね。つまり受験勉強の世界では凡才。受験勉強での「神」って何の能力なんだろう。学校で「神」だった人たちは、社会にでてからどうなっているのかな。
ここには理系の人もいるようだけど、病気の場合は別として、純粋にDNAレベル(先天的なレベル)の差って、将来的な知的才能や運動才能をどこまで規定するものなの?そもそも脳の仕組みや能力なんて科学的にわかってない分野でしょう。「地頭」なんてもので限界を論じるのは科学的根拠があるのかな?(元塾講さんの経験的知見は尊重するけど。)理系の人にはこういう本質的なところを、文系の人間にわかるように教えてほしい。
小学生の時に医者を目指したって、なぜ医者を目指すようになったの?医者のどこに惹かれたの?大病でもして医者に助けられたのかな。自分自身理系か文系かを決めたのは高校になってからだったな。
■視点さん へ
そうか、視点さんもいたなー。
誰か、相手してやって下さい。きっと『徒労』に終わるけどね。(笑)
結構、視点さんてさびしがりやさんだからさー。
私は、もういいや。十分言うこと言ったし。同じことばっかりだしなー。
それから
私も、参加していた、皆さんの親子(視点さん含)の幸福を祈っております。では・・
視点さん
私は視点さんの考え方が間違っているとは思いませんよ。実際の子どもへの関わり方はほぼ同じ気がします。
違う点は「地頭の認識」かな。でも、視点さんは勘違いされていると思うんですよ。
子ども自身は地頭を認識する必要もなく、コツコツと努力していったらいい。
どう頑張っても超えられない勉強の壁なんて、なるべく先に見たほうがいい。
本来は、知識も経験もそれなりにたまっている高3で見るのがベストじゃないかと思います。
壁にぶつかったって、違う道を探せばいい。
子どもはね。
視点さんは、ずっと「子ども本人の生き方」の話をしているんですよ。
可能性は無限にある。しっかり努力して道を拓け。
でも、ここでは「親の子どもへの期待のあり方」について話しているんです。
子どもの力を見極めて、過度に期待をしないように心がけよう。子どもに合ったサポートをしよう。
それができれば、子どもの心にゆとりも生まれます。
視点さんがご心配の中学受験の弊害も少ないんですよ。
視点さんは、子どもが集まる掲示板で語るべきだと思うんです。努力を惜しむなよ!!ってね。
親が集まる親向けの掲示板で、子ども本人の生き方を熱く語るからゴチャゴチャになるんです。
私も偉そうにいっぱい語りました。子どももビックリ、自分を見てみろよ!!と呆れられる自信あり。
深刻なお悩み相談じゃないから、レスしやすかったんだと思います。
私ももう語り尽くしました。これで成仏できるかな。(笑)
皆さん、ずっと笑顔で向き合える親子でいましょうね。
>地頭で限界が決まるというとこだね。自分でダメだと思うと努力できなくなる
なるほど。それはそうですね。
私の理解では「地頭」のあるなしが「限界を決める」こととイコールではなかったのです。
だって、自分の持っている能力を100%発揮している人って、それこそどれくらいいるのかな。
ちょっと過激だけど、能力を100%発揮しきって、そこで自分の限界を本当に知ってしまったら、そこにあるのは絶望だけなのかもしれないですね。
そういえば、世界的に活躍したのちに命を絶ってしまう人も多いですものね。
多くの人は努力をして進歩をつづけても、限界までなかなか達しないのがほとんどなんじゃないかと思います。
地頭が存在すると仮定して(私はあると思っていますよ)、でもその「限界」がどこかなんて明確にはわからないんじゃないんですか。
ひまわりかタンポポかは種を見ればわかるけど、同じ種類の花でも大きく咲いたり小さく咲いたりがありますし。
もちろん、日当たりがいいとか土壌がいいとか、世話をこまめにやるとか、外的要因も大いに結果にかかわってくるし。
「自分はもう駄目だ」と思ったら、地頭があろうが無かろうが、才能があろうが無かろうが、そこで終わりですよ。
「地頭否定派」の方は、その心配をなさっているんですね。




































