女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
視点さん
>能力は「DNA+環境因子」という書込みがあったが、ここで問題としている地頭って小学生のものだから、それまでの環境因子の影響がかなり大きいのでは。以前、幼少時の教育で天才?に育てた米国の親の事がテレビで紹介されていた。
幼少時の教育で「天才」ができますかね。
「天才」といったら「天」からふってきたような才能のことでしょう。教育で天才の育成をサポートすることはできるでしょうが、「天才に」育てることはできないだろうというのが私の考えです。
「地頭」にしろ「天才」にしろ、どうしてそれらを「環境因子」の影響化に組み込んでしまおうとするのか。なぜ、人間の力の及ばないような、「運命」といっても「神の力」といっても「天の配剤」といっても「ただの偶然」といってもいいですが、人間どもの力ではどうにもならない領域があるということを認められないのですかね。
これは、「理系」の問題ではなく、国語の問題ではないですか。
>人間どもの力ではどうにもならない領域があるということを認められないのですかね。
ノーベル賞級なら、どうにもならない領域があるというのは誰もが認めているところ。
でも受験限定級の話なら、環境と努力だけでもやっていけるのではって話でしょ。
そうじゃないでしょ さん
>ノーベル賞級なら、どうにもならない領域があるというのは誰もが認めているところ。
でも受験限定級の話なら、環境と努力だけでもやっていけるのではって話でしょ。
違います。
例えば、ある塾において、偏差値65以上の20人の子供達のクラスがあり、毎年80%の子供たちが御三家のどこかに入るとします。
さて、同じ塾の偏差値35以下の20人のクラスの子供達を、80%御三家に合格させる方法(「環境と努力」)が存在しますか、という話です。
>ノーベル賞級なら、どうにもならない領域があるというのは誰もが認めているところ。でも受験限定級の話なら、環境と努力だけでもやっていけるのではって話でしょ。
世界で数人のノーベル賞以外は天賦の才は認められないわけですか~(ため息)
常に模試ヒトケタにいるような子を目の当たりにした時、畏怖と賞賛の念を抱くか、たいしたことないと思うか
これはもうそれぞれの性格なんでしょうね
視点さん
私の書き込みに対してだと思いますので、お返事します。
「神」とよばれていたのはただ勉強ができるだけの子ではありません。
もちろん勉強はできましたよ。理三や京医現役ですから。
ただそれ以上に勉強ができることをひけらかすのではなく、性格もとてもよく、
できない子にもわかりやすく教えてくれたりと人間として尊敬できる子でした。
彼らは社会にでてからもきっとやっていけると思います。
また彼ら自身は「神」という呼称は好きではなかったようで
「おれもお前らも何も違わん」
といってました。
ノーベル賞を引き合いに出すのがお好きなようですが、
ではノーベル賞をとれない研究者はすべておちこぼれですか?
息子が医師を志したのは幼稚園を卒園する時先生に
「○○くんは賢いのね。お医者さんになるのかな」
と言われたのがきっかけです。
知的好奇心の強い知りたがりでしたのでもてあまされていたのかもしれません。
親戚に医師が多数いて身近な職業だったことも関係していると思います。
小さいころから科学館が好きで、「人体」展に連れて行っても興味深くみていました。
今は救急医を目指しています。過労死しても本望だといいきってます。
同じように育てた下の子はまったく興味を示しませんのでやはり持ってうまれたものだと思います。
私は理系ですが、小学校のときから教科の好き嫌いが激しく、文系に進む気はありませんでした。
中学で英語が好きになり、高校で国語の成績もあがりましたが、社会が壊滅的でしたので。
周囲の子も中学くらいで理系か文系かを決めていた子は多かったです。




































