在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
ちゃんと手入れしていれば、大抵は、長くきれいな「地肌」を維持できます。
だから、ちゃんと勉強(手入れ)しなければ、良い「地頭」も悪くなる。
でも、「地頭」という言葉を持って生まれた能力という意味で使うことには
やはり違和感を覚えます。本来、鬘をつけていない頭のことなんでしょう。
根本的なさん
>前にも書いたことですが、「地頭」の「地」という語は、「生まれつき」という意味ではないですか。 それはともかく・・・
根本的なさんがスレ題の「地頭の良いお子様とは?」に沿って正しく論評しようとしているのはわかります。言葉の定義づけをきちんとしないと議論にならないというお考えには賛同します。しかし、ここはチェアマンのいる会議の場ではありません(そうであれば素晴らしいですが)し、そもそも造語である「地頭」についてそれを適用できるものでもありません。その延長にある「地頭が良くなった」という言葉使いの適否についてもまたしかりです。
一方、知に関する機能のある部分について遺伝が存在することも既に明らかにされたことでありここで議論するようなことではないというお考えにも賛同します。遺伝するとされる知に関する機能が後天性因子によって影響を受けるのか否かについても同様です。
それゆえに専門家ではない私たちが話題としうるのは、様々な後天性因子のなかでコントロールしうる因子は何なのかを、子育てを振り返って、あるいは子育てしながら実感として感じることに沿って、時期、強さ、頻度などの側面を互いに検証するということではないでしょうか。
スレ主さんの主文中の問いかけは「地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか?」ですが、ここで「能力」を「才能」という言葉に置き換えた場合と、「関わり方」という言葉に置き換える場合によって考察レスの方向性に違いが出てきます。 ほとんどの方は「関わり方」とい立場で「コントロールしうる因子は何か、どの程度コントロールすればよいのか」という点に関心を持ちレスしていると感じます。
根本的なさんのこの辺りのお考えをお聞かせいただけますか。
>ちゃんと手入れしていれば、大抵は、長くきれいな「地肌」を維持できます。
だから、ちゃんと勉強(手入れ)しなければ、良い「地頭」も悪くなる。
なるほど。 「地肌」ですか。
恥ずかしながら、気づきませんでした。そういう使い方も当然ありますね。すると、地頭=DNAとした私の考えは、私の語彙力のなさあるいは、「生まれつき」にこだわる私の心理的性質に起因する無理筋のものだったのかもしれません。
もう少し考えてみますが、とりあえず、私の言いがかりに近い主張に困惑された方々にお詫び申し上げます。
クリスマスさん
>根本的なさんがスレ題の「地頭の良いお子様とは?」に沿って正しく論評しようとしているのはわかります。言葉の定義づけをきちんとしないと議論にならないというお考えには賛同します。しかし、ここはチェアマンのいる会議の場ではありません(そうであれば素晴らしいですが)し、そもそも造語である「地頭」についてそれを適用できるものでもありません。その延長にある「地頭が良くなった」という言葉使いの適否についてもまたしかりです。
「地頭がよくなった」という言葉使いの適否については、「混ぜっ返し」さんの「地肌」の例で十分納得できました。わたしが間違っておりました。ただ、「混ぜっ返し」さんとは異なり、「地頭」を「生まれつきの頭のよさ」として使用することにも、私は違和感を感じません。
私も「チェアマンのいる会議の場」などとは考えておりません。「地頭」という言葉は俗語に過ぎませんが、俗語の使用法を巡ってより本質的な議論をすることも可能ではないでしょうか。この場はそのような場ではないから出て行けということですかね。
>一方、知に関する機能のある部分について遺伝が存在することも既に明らかにされたことでありここで議論するようなことではないというお考えにも賛同します。
私は、おっしゃるようなことについて「ここで議論をするようなことではない」などという考えを表明したことはありません。そのような考えはないからこそ、ここで議論をしている訳です。
>遺伝するとされる知に関する機能が後天性因子によって影響を受けるのか否かについても同様です。 それゆえに専門家ではない私たちが話題としうるのは、様々な後天性因子のなかでコントロールしうる因子は何なのかを、子育てを振り返って、あるいは子育てしながら実感として感じることに沿って、時期、強さ、頻度などの側面を互いに検証するということではないでしょうか。
知的能力にかかわる因子として、遺伝と環境のどちらが優位なのかという問題について、この場で「話題としうる」事柄は、「子育てをふりかえって」か「子育てしながらの実感」にもとづかなければいけないとおっしゃりたいのですか。私も専門家ではありませんが、専門家風な議論をするものは出て行けということですかね。
>スレ主さんの主文中の問いかけは「地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか?」ですが、ここで「能力」を「才能」という言葉に置き換えた場合と、「関わり方」という言葉に置き換える場合によって考察レスの方向性に違いが出てきます。 ほとんどの方は「関わり方」とい立場で「コントロールしうる因子は何か、どの程度コントロールすればよいのか」という点に関心を持ちレスしていると感じます。
根本的なさんのこの辺りのお考えをお聞かせいただけますか。
「ほとんどの方」がそのような立場だとしても、私はそのような立場のものではありません。私にも、中学受験を来年に控えた小6の子供がおりますが、私にはこの場でお話しするようなことは特にありません。そのような個別のお話については、いろいろなかたがすでに言い尽くされていると感じております。勿論見下したようなことをいっているのではありません。そのような皆様のお話に、非常に感銘を受けたからこそ、この場に加わってきたのです。
ただ、この場が、クリスマスさんのようなかたが「ほとんど」の場であったとするならば、やはり私は場違いなところに顔を出してしまったのかもしれません。
根本的なさん
一昨日のあなたの書かれた遺伝率に関する書き込みに対する私のレスは私の誤読、いや、きちんとあなたの書き込みを読まなかった結果で、見当違いなことを書いてしまいました。
本当に申しわけありませんでした。
もう一度読みましたが、遺伝率に関して私はよくわかりません。
まず、一卵性双生児(DNA100%一致)と二卵性双生児(DNA50%一致)に関してですが、一卵性双生児のDNAが100%一致はわかりますが、二卵性双生児のDNAが50%一致とはどういうことでしょうか?
二卵性双生児とは遺伝子的には通常の兄弟姉妹と同じです。
兄弟姉妹のDNAも50%一致なのでしょうか?
親子なら、片方の親のDNAの半分が子に受け継がれるので、親と子ならDNAが50%一致でいいのですよね。
それから、遺伝率をどうやって評価するのでしょうか?
たとば、身長で一卵性双生児のAとBの身長が180cmと175cmで、二卵性双生児のAとBの身長も180cmと175cmでなら、この場合遺伝していると言えるのでしょうか?言えないのでしょうか?
卵性双生児のAとBの身長が180cmと175cmで、二卵性双生児のAとBの身長が180cmと160cmでなら、遺伝していると言えるような気がします。
安藤寿康先生の数字がどういう基準から出されたのかわかりません。
安藤寿康先生の数字は単なる学説であって、客観的データとは言えないかもしれません。
昔、地球の石油があと何年で枯渇するというデータがありました。
この数字は客観的な数字ではなく、単なる学説だったのでしょうね。
現在では、地球の石油があと何年で枯渇するという話も耳にしません。
もしかしたら、耳にしないのは私かもしれません。
いずれにしても、数字そのものをそのまま信じるは問題だと思います。
そうじゃないでしょ様
ご同意いただけて、とても光栄です。
混ぜっ返し 様
「地肌」!わかりやすいです!うなりました。
それで思い出したのですが、傳田光洋 著 「第三の脳 皮膚から考える命、こころ、世界」 朝日出版
という本に、人間の身体ができる過程で、皮膚は脳と似た過程から生まれ、
その基本的な細胞レベルでのうごきが似通っている・・・
というようなことが書いてありました。(私の読解がただしければ)
さらにびっくりしたのは、「スキンケア」をご研究の筆者が、
「脳をリラックスさせる薬剤は皮膚に塗っても効果がある」ことを発見したそうなのです。
精神安定剤と同じ成分のものを塗ると、お肌も安定?!
「肌」と「頭」 案外近しい関係なのかもですね。
根本的な 様
わたしは根本的な様がご意見を述べて下さったからこそ、
「地頭」という言葉をそう捉える方もいらっしゃるんだなぁと学び、意義深かったです。
人によって(そして地域や時代によっても)活用する意味が異なるのは変えようのない現実。
所詮「言葉」ですから・・・。
スレ主様も「地頭」という言葉をみんなが同じ意味で使っているのだろうか?と疑問に思われたからこそ、
「地頭の良いお子様とは?」というスレタイになり、
「地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?」
「やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。 皆様はどう思われますか?」
という問いかけをなさったのではないでしょうか?
いろいろな捉え方の人々がそれぞれの意見を述べることこそがこのスレの意義だったと思います。
誰の定義が正しいかをジャッジするのではなく(最初に使った人が公の場で定義づけでもしていない限り、できないと思います)、
多くの意見が語られる中で、言葉の意味のコンセンサスが段々に出来上がってくるところが醍醐味で、
掲示板の使い方の一つとしてすごく有益だと思います。
だ・か・ら 出て行かないで下さいね。
みんなが同じ意見では議論に参加しても面白くないです。
「地頭」の定義が問題になっていますが、議論するにはほぼ同じ意味合いの下で、議論しないと議論がかみ合わないと思います。
このスレタイが【学力の(超)優秀なお子様とは?】だったら、先天的な要素や後天的な要素をすんなりと議論できたと思います。




































