在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
一般的にそもそも「地頭が良い」と言う言葉自体、本当に意味があるのか
疑問ですが、あえて考えるならばランクがあるのかもしれません。
1つは、例えばIQ200以上のギフテッド、皆アメリカに行って10歳ぐらいで大学入学、
10代で博士号持っていたりして、限りない才能ですね、まさに天才だと思います。
次は、家系がそもそも東大に入るのが当たり前で、東大閥の家で公立でずっといながら
別に特別のことをしなくとも当然入ってしまう家系。
そして、親のコントロールによって作り出された天才児、影では猛勉強していたりして
います。これは、勉強に限られたものだけではないと思います。
少なくとも、最初の子供は元からIQが良いので、地頭がよいと言う言葉に当てはまるの
だと思います。
それ以外は、どうでしょうか。
昔よく使った神童と言う言葉ですが、最近は無くなりましたね。
地元で、頭が良いとされていても、今では綿密にチェックされているので
ありえないのかも知れません。
また、アメリカも日本もガタガタの経済なのを考えると、国の経済状態などの時代背景も
その時代によって地頭が良いとされる人が違うのかもしれません。
まあ、うちには縁のない話ですので小市民としてこつこつやるしかありません。
視点さんも、だんだん壊れたテープレコーダー(古い?)みたいに、同じことの、リピートだな。
異常な中学受験で、皆狂ってしまうってストーリーだろ、トロフィーがあるかどうか知らんけど、そんなの貰う子って、中学受験生の人数がどれくらいいて、その内どれくらいの子が貰ってると思ってるの?
もし、関東の子が関西に記念受験に行ったとしてさ、その子の人間性に問題があるとかいうことにならないだろ。(視点さんにとっては、すでに狂ってる)
記念受験に行った子がどういう子だって思ってるの?将来どういう人間になるって決めつけてるのか教えて欲しいな。
そういうことを、するかしないかは家庭で最終判断するんだから、好きにさせたらいいじゃん。
亀田の「玉打て」「プロレス投げ」OKなのに、こちらには、結構厳しいのね(笑)
それが、あなたの一線なんだろうけど。
中高一貫教育は確かにいいことも沢山あると思うのですが、その前の受験準備が大変すぎるんじゃないのか?・・・・・・という懸念はかなりの人がもっていると思いますが。
昔のように小学6年一年間の塾通いや「落ちたら公立」という余裕のある受験ならそんなに弊害も無いでしょうが、現在のものは子供へのプレッシャーや親の負担(経済的、精神的)が相当なものになっているのでは?
地頭論に戻すなら、多くの方達が言うように「生まれつきの能力が地頭だ」というのなら、公立に進んだっていずれそれが発揮されれば東大だって医学部だって可能だろうし、何も過酷な受験勉強して私立中高一貫に入る必要もないわけです。
その「地頭のいい子」を見出すのに現今の中学受験学習が必須なのかも考えてみる必要がありますね。もっと子供に負担をかけないで「地頭」を判定する方法があるのならあれだけの塾通いなんていらなくなります。
例えば、数学でいうなら数論や確率、空間図形なんて結構頭のよさが分かる(数理的能力)分野だと思いますのでこういうのを1問60分ぐらいかけてやらせて、途中を見て採点すればやれるのではと思います。
公立中高一貫がどんな入試をやっているのか知りませんが「地頭のいい子」を見つけるいい方法があればどんどん試して、私立受験並みの莫大な受験準備をしないで済むようになれば朗報ですね。まあ、・・・・・・・またそれ向けの準備をさせる塾が流行ることになるのでしょうが。
視点さんの視点は過熱した中学受験を考え直すという意味で見るべきところもあると思いますが・・・・・・・・。
>ただ、ノーベル賞(候補)クラスの突き抜けた学者なんかであれば、低学年からSAPIXや希に通って中学受験したとしても、その有り余る好奇心と探求心を止めることにはならないでしょう。
>中学受験で潰れる程度の好奇心や探求心であれば、正直言って、たいしたものではないと思います。
>その程度の子をうまく育てても、それこそ、理系で言えば、常勤には手が届かないあたりのレベル止まりではないかと推測します。
ここが環境派と地頭派の違いですね。
私は(才能は否定しませんが)環境派ですから、小学生の時の動機付けが重要だし、育て方で本物に育てることができるという意見です。
>「科学にロマンを持つことが非常に重要。あこがれを持っていれば勉強しやすいが、受験勉強で弱くなっている」
>「東大に入ることだけが目的だったために、入学後無気力になってしまう学生が毎年いることが大問題」
>確かに、そういう面もあるでしょう。
>でも、それを論証するための、あなたの方法論に問題があると思います。
論証って、小宮山さんも、益川さんも、論証してますか?
大学人としての経験からの発言でしょう。
>1つは、例えばIQ200以上のギフテッド、皆アメリカに行って10歳ぐらいで大学入学、10代で博士号持っていたりして、限りない才能ですね、まさに天才だと思います。
>次は、家系がそもそも東大に入るのが当たり前で、東大閥の家で公立でずっといながら
別に特別のことをしなくとも当然入ってしまう家系。
打たれ弱い器用貧乏で終わりそうですね。
ノーベル賞学者をはじめ社会で結果をだす人って、打たれ強さというかたくましさがあります。
スポーツでも、手首骨折や膝の故障を乗り越えてMVPに輝いた松井選手をだすまでもなく、成功するのは挫折を乗り越える人。
子供には、器用さではなく、どんな逆境でもつぶれない本物の強さを身につけてほしいものです。
スポーツでも、結果をだすのは、運動神経のいい器用な子ではなくて、不器用でも逆境に負けずに努力を続ける精神的にたくましい子なのです。
京大のHPで見つけました。
「京都大学は、「はじめに受験ありきではなく、はじめに学問ありき」が必要だと感じています。自分の学問をしたい、そのためには京都大学で学ぶのが一番で良いと考える、学生に来てほしいと思っています。」
「はじめに受験ありき」の学生が集まることへの危機感ですね。
鍛えられた受験秀才が大量に送り込まれた京大が危機感を抱いて入試を改革したのではという私の仮説を補強するものではありませんか?
〇ノーベル賞(東大vs京大)について
東京大学の某先生から、「本郷の先生には日本の学問を作るという仕事がある」から、
なかなかご自身の興味関心に特化した研究の時間が取れない旨の話を聞いたことがあ
ります。まあ、東大には、「本郷」の先生だけがおられるわけではないので、ノーベ
ル賞が少ない理由にはならないかもしれませんが・・。
〇過酷な受験勉強による「燃え尽き症候群」について
愚息が中学受験を終了して、中高一貫校に通って5年目になります。学校のご指導も
あり、中学時代も毎日それなりに勉強はしていました。現在は、再来年の受験に向け
て、猛勉強開始・・と言いたいところですが、クラブ引退まではテニス三昧の状況が
続きそうです。
ただ、同期生のなかには、中学入学と同時に、また進学塾通いを始めた子供たちも、
それなりの数います。大学に入学するまでに、ほぼ10年、「受験のための」勉強三
昧となる。このような生活を送っていれば、満願成就の暁に「燃え尽きて」しまうこ
とはあると思います・・が、少数だと信じたいですね。
動機が大事だよね さん
>中高一貫教育は確かにいいことも沢山あると思うのですが、その前の受験準備が大変すぎるんじゃないのか?・・・・・・という懸念はかなりの人がもっていると思いますが。
そう思います。
>昔のように小学6年一年間の塾通いや「落ちたら公立」という余裕のある受験ならそんなに弊害も無いでしょうが、現在のものは子供へのプレッシャーや親の負担(経済的、精神的)が相当なものになっているのでは?
それもありますよね。
>地頭論に戻すなら、多くの方達が言うように「生まれつきの能力が地頭だ」というのなら、公立に進んだっていずれそれが発揮されれば東大だって医学部だって可能だろうし、何も過酷な受験勉強して私立中高一貫に入る必要もないわけです。
まあ、そりゃあ、そうでしょう。ただ、うちは私立にしますけど。
>その「地頭のいい子」を見出すのに現今の中学受験学習が必須なのかも考えてみる必要がありますね。もっと子供に負担をかけないで「地頭」を判定する方法があるのならあれだけの塾通いなんていらなくなります。
ここ大賛成。まさにそこが問題なんです。そこを邪魔したい人たちもいるようですから。
ところで、あなた、こんなまっとうなひとでしたっけ。失礼ですが。
ギフテッドさん
>1つは、例えばIQ200以上のギフテッド、皆アメリカに行って10歳ぐらいで大学入学、
>10代で博士号持っていたりして、限りない才能ですね、まさに天才だと思います。
ここをどうするか。そこが、これからの日本の最大の問題だと思います。といっても、「国家的損失」などと言いたいのではなく、子供達のために、ですよ。天才たちの、ね。かれらはいま完全に放置されている。あわれです。なんとかたすけてやりたい。私はそう思います。
ただし、実際に「ギフテッド教育」を導入するためには、その効果と副作用について十分に評価しておかなければならないと思います。アメリカの例がありますが、どういう状況になっているのか、残念ながら、私も知りません。だれか詳しい方が教えてくれるといいのですが。




































